!マフィアパロディ
!特に意味もない
生臭さと硝煙がまざったかおりに慣れてしまったのは、いつだったか。そんなに昔のことではないはずなのに、わたしの頭にはそのへんの記憶はのこっていない。しかたない。人とは、嫌な記憶をいつまでも脳にとどめておけるほど、つよい生き物ではないのだ。
支給された電子端末で、登録された番号に発信すれば、ツーコールで相手につながった。
「ボス?あー、わたし。うん、おわったよ」
ヒールのないぺったんこのパンプスは履くのにも脱ぐのにも時間がかからないうえに、足音が聞こえにくく走りやすいから便利だ。端末から聞こえるボスの声は機嫌がよいともわるいとも言えない。
裏切り者には愛の制裁を。足元にたおれている元仲間は先ほど、息をすることをやめた。愛銃の引き金を引いたのは、紛れもなくわたしである。
ボスはわたしの報告を受け、それから研磨の元へ車を回すことを指示した。全く、人使いの荒い奴だ。
「りょうかい、今から向かいまーす」
◇◇◇
敵対勢力の殲滅。字面だけで、面倒臭さが感じ取れるそれにわたしが参加しなかったのは、さっきのような急な仕事が入ったからである。わたしたちのような組織が壊滅に追いやられる主な理由は、いつだって内側にある。この世界では裏切り程、重い罪は無いのだ。
数時間前まで仲間だったやつをなんの疑いもなく殺す。それが出来る人間はわりと多くはない。わたしはその多くには含まれていなかった。だからこそ、わたしはこの生きづらい世界を何とか生きているのだ。
「おつかれー」
愛車に乗り込んできた研磨に一言かける。彼の送迎係はわたしと決まっている。理由は簡単。わたしが煙草を吸わないからだ。彼は、うちのファミリーの中でも珍しい重度の嫌煙家である。
無言で後部座席に腰をおろした研磨は、相当不機嫌に見える。おおきな任務がおわったあとの彼は、いつもそうだ。また、しばらく働きたくないとごねてボスを困らせるのだろう。
「つかれた」
「帰ったらシャワーに直行してね」
「じゃあ代わりにクロのとこ行って」
「やだよ、冗談じゃない」
ミラーで確認した彼は、血生臭さを纏わせたまま面倒臭そうに眉根を寄せていた。研磨はファミリーの要だ。ボスは背骨だ心臓だ言っていたけど、ようするに、うちのファミリーにとって欠かせない奴ということだ。
いつも彼だけは特別待遇だし。今更、文句も何も無いけれど。あったとしても、わたしはボスの指示に従うだけなので関係ないし。
「わたしだって、仕事してきてんだからね」
「ふうん」
「反応うっすー」
たまに考える事がある。わたしがこんな物騒な組織に身を置いていなければ、という不毛な想像を、してしまうことがある。引き金を引く感触も、血飛沫を浴びる感覚も、断末魔も、なにも知らずに生きていけたらよかったのに、なんて、虚しいだけの願望。
ミラー越しに見える研磨の後頭部は黒い。血液がこびりついて捨てたスーツは何着目になるだろうか。なんというか、なにもかもが空虚だ。
「…ねえ、」
「なあに、研磨」
「いつまで、続くの」
「抗争のこと?」
研磨の無言は否定を意味する。おそらくはこんな日常がいつまで続くのか、と言いたいのだろう。わたしは解っていて、解らないふりをする。
日常というのは、どこまでも続くから日常というのだ。
ハンドルを切ってボスーーークロのもとへ向かう。わたしも研磨も、クロも、もう続けるしかない。死ぬまで、きっと死んでも終わりなんてないのだ。今まで一体何人殺してきた?頭の奥で知らない誰かがせせら笑う。
「まだまだ、終わりそうにないねえ」
「そう」
「安心しなよ研磨、わたしたちみんな同じ穴の狢だし」
確証はないけれど、たぶんあなたとわたし、死ぬ時は一緒だ。一緒であったら、いいとおもう。
死に方が選べるのなら、わたしは迷わず、可愛い可愛い研磨との心中を選ぶもの。
20140201
かさぶたもささくれも余分なものぜんぶ剥いでとびこむ