「どうしたの?」
私の大事な相棒が何かを感じとったらしい。不安そうにキョロキョロと辺りを見回すサーナイトさんに話し掛ける。ガサリ。何かが動く音。ポケモンだろうか、それとも
「だれ?」
「!」
「ひ、人!ダメ!サーナイトさん攻撃しちゃダメ!」
ものすごく弱い私を守る為にすぐに攻撃体制に入った彼女に待ったをかける。こんな山奥のこの場所に人が来ることなんて滅多に無い。ポケモンならよく来るのだけれど。
私の制止を聞いて、何とか攻撃体制を緩めてくれたサーナイトさんにホッと息を吐く。改めて、目の前の珍しいお客様を見る。
「君は…」
「驚かせてしまってごめんなさい、だ、大丈夫?」
「ああ、こちらこそ君のトモダチを驚かせてしまって、」
茂みから顔を出した緑色の髪をした男の人。綺麗な人。
サーナイトさんはそんな彼から私を遠ざけるように間に入った。彼女はとても心配性だ。大丈夫だよ、とサーナイトさんに声をかけて優しく肩の辺りを撫でれば、しぶしぶといったように、退いてくれた。
「…とても仲が良いんだね」
「え?」
「そのサーナイト。君が大好きだから心配なんだって」
「あなた、サーナイトさんの気持ちがわかるの!?」
瞼をぱちぱちと上下に動かす。彼は私の言葉に曖昧に微笑って被っていた帽子を深く被り直した。彼女、サーナイトさんとは長い間ずっと一緒にいるけれど、彼女の気持ちを理解するのは難しい。私達の間を隔てる言葉の壁と言うのは、案外分厚いものだ。
「すてき!」
「…そうやって何でもすぐに信じるのはよくないって、君のトモダチが言ってるよ」
「えっ」
彼の言葉にサーナイトさんを見ると、彼女はどことなく不機嫌そうなオーラを出していた。やっぱり本当に彼には彼女の声が聞こえているんだ。
「あの、お名前を聞いてもいい?」
「僕の?」
力強く何度も頷けば背後のサーナイトさんの視線が突き刺さる。痛い。彼女は彼をとても警戒しているみたいだが、私は彼を悪い人だとは思えない。何となく、だけれど彼はとても優しい人な気がする。
「N、僕の名前はNって言うんだ」
「えぬ…不思議な名前だね」
「変かな」
「そっ、そんなことない!とってもすてきだよ!」
N、エヌ、えぬ。口の中で何度も繰り返してみる。サーナイトさんが小さく私を呼んだ。呼んだ、というか鳴いたなのだけれど、今のは彼女が私を呼ぶ時の音だった。これは突然現れた彼のような不思議な力でも何でもない、ただずっと一緒にいたからわかること。私はサーナイトさんに小さく手招きをして、こっちに呼んだ。
「大丈夫、僕は彼女にも君にも酷いことは何もしないから」
そんなエヌさんにやっと警戒が薄れてきたのか、彼女がおずおずと近寄ってきて私の隣にピタリとくっついた。思わず笑みがこぼれる。
「そんなに心配しないで」
エヌさんはやさしい人だよ、なんて笑えば、エヌさんも少しだけ笑ってくれた。深い森の奥。彼と私と彼女しか知らない、すてきなお話。これはそんなお話の冒頭の部分なのです。
20130221