「幸村さん、備品についてなんですけど」
バインダー片手に真剣に備品の在庫数の記入がされている紙を見つめる彼女の眼差しは、いつも真っ直ぐだ。彼女が備品やテニス用品の確認に来るのは、放課後の部活終わりか、昼休みだ。
おそらく練習の邪魔にならないようにとの配慮だろう。彼女らしい気遣いだ。
「お前に任せるよ」
箸で彼女をびしっと指すと、少し眉を寄せて不機嫌そうな顔をする。月末の金曜日、彼女が来る日だけは昼食は一人でとることにしている。それが彼女に知られることはきっと、一生ないだろうけれど。
可愛げの欠片もない機能性ボールペンでバインダーを何回か軽く叩いて、彼女はため息を吐いた。
「…一応把握はしておいてくださいね」
「わかってる」
「ならいいです。あ、それから赤也君に店に来るように伝えておいてください」
物の扱いが人一倍雑な赤也は、彼女の中でブラックリストに記載されている。あくまでテニスプレーヤーとして、客としてだとはわかっていても、特別扱いされている後輩が若干、羨ましいなんて。
それをすんなり認めるのは、俺のプライドが許さないけれど。
「グリップの巻き方、もう一度徹底的に指導しますので」
「あまり厳しくしないでやってくれよ」
「ご期待には添えかねます」
むすっとぶすくれた顔は、それはそれで可愛い。冷静で合理的な性格。スポーツについての群を抜く知識量。そんな彼女が見せる子どもっぽい表情は、俺のお気に入りだ。
箸で弁当箱からブロッコリーをつまみ、彼女に差し出す。
「まあ、頼りにしてるよ。はいこれ、あげる」
「ブロッコリー嫌いなんですか?」
「いや好きだよ。はい、あーん」
「はあ…どうも」
訝しげな顔をしながらも差し出された箸にあわせて彼女は体をかがめた。鮮やかな緑色が彼女の口の中に消えていく。
大きめのそれを一口でいった彼女の頬はハムスターのようになっている。これもこれで可愛い。
躊躇なく俺の箸に口をつけたのは、彼女の恋愛偏差値の低さと俺の努力の賜物だ。
「美味しいかい?」
「おいひいです」
「ふふ、よかった。ハンバーグも食べる?」
「…いえ、幸村さんの練習に響いたら困りますので結構です」
「気にしなくてもいいのに」
警戒されないように、嫌がられないように、慎重に接してきた。それはもう、砂糖菓子も顔負けの甘さで。
あまり好きじゃないこの女顔も、彼女に親しく思ってもらうには好都合だった。
でも、そろそろ次の手を打ってもいい頃合いだろう。
「また何かあれば、ご連絡ください」
「…そのことなんだけど」
「はい」
箸をおいて、彼女に笑いかける。またバインダーの中身を見て、色々と思案しているらしい彼女は顔をあげて答えた。
スポーツと経営学にしか興味がないと噂の難攻不落の女の子は、なにも知らない顔で俺を見つめる。
「俺個人の用事でもいいのかな」
「まあ構いませんが…たとえばどんな?」
「うーん、デートのお誘いとか?」
ぴたり、彼女の動きが止まる。まばたきすらしなくなった彼女を俺は笑顔を崩さず見つめ続ける。
デート。小さく彼女が呟いたのが聞こえた。長いまつげを震わせているのが、いかにも少女漫画的で、思わず期待してしまう。まあ、そんな反応をする彼女が悪い。男なんてそんなものだと俺はおもう。
「言っておくけど冗談とかじゃないよ」
「えっと…」
「そうだな…心の準備だけはしておいてくれ」
信じられない、と顔にでかでかと書いてあるのが面白くてくすりと笑みをこぼす。うん、この顔もなかなか。
何で彼女なのかと聞かれたら、俺でもわからないと答えるのが一番正解に近い。化粧っ気も女っ気も色気もない彼女がどうしてこんなに愛しいのか。答えは簡単。考えるまでもないことだけれど。
そんなことより今は、とりあえず顔を真っ赤に染め上げた目の前の俺の好きな女の子の顔を目に焼き付けることに集中しよう。

20131027
スプリングシャワーの駆け引き