糸郎の作った服を着れる。それが私にとって、どれだけ嬉しく、どれだけ光栄な事だっただろう。
皐月様がくれたものだから、おおきな力を得ることができるから。本能寺学園の生徒が極制服に手を伸ばす理解は実に様々ではあるが、私はその中でも異質であると理解している。
「しーろーくーん」
嬉々として研究室に入ったはいいが、私のお目当てである彼はおおきなモニターの前で倒れていた。あーうん、予想の範囲内である。
私は彼のもとまで快活に歩いていき、彼を持ち上げた。体のちいさい糸郎はかるいし、何より糸郎の作った服を着ている私にはできないことなんて何もないのだ。
「また無茶しおってからに…」
針目縫とかいうよくわからないフリルの女に自分の作った服を台無しにされてからというもの、糸郎は研究に没頭していた。それはもうおそらく、不眠不休で。頃合いを見計らって会いにきてみればこの通りだ。
まったく。深いため息がこぼれた。
そなえつけのベッドまで彼を運びながら、その決して安らかとはいえない寝顔を見つめる。ここ最近の無茶が祟って顔色は悪いし肌も荒れている。慢性的なビタミン不足ではあるけれど、今はどの栄養素も足りていないように見える。せっかくきれいな顔をしているのに、もったいない。
「うっ…」
「あ、糸郎おきた?」
「ん…あー…」
覚醒してないらしい糸郎が唸っているのをおかしく思いながら、彼の体をシーツに投げ入れる。雑な扱いではあるけれど、今の寝ぼけ糸郎からはお咎めなしである。
ベッドの上でむにゃむにゃ言っている彼に近寄って、顔にかかる前髪を払ってやる。それからていねいにメガネとマスクを外す。頭を少しあげて、髪もほどいてやった。すっかり無防備になった彼の顔を見て、優越感が胸いっぱいに広がる。
かるく頬を撫でると、糸郎が気だるげに片目をひらいた。
「かってにさわるな…」
「無防備な糸郎がわるい」
「…ねむい」
もともとよくない目つきが濃いクマのせいで、さらにひどいことになっている。針目縫に服とプライドをズタズタにされたことで彼の闘争心に火がついたことは百も承知であるが、自分の体を壊すまで服作りに没頭されるのは困る。
私は糸郎の作った服だから、着ることに喜びを感じるのであって、彼以外が作った極制服になんて興味すら湧かないのだ。つまり何が言いたいかというと、糸郎が好きなのである。
「なに起き上がろうとしてんの」
ねむいとか言いつつ、体を起こして研究にもどろうとする彼のひたいをやんわり押し、元の位置にもどす。栄養不足、睡眠不足、その他もろもろの不調が見て取れる。研究に戻らせるわけにはいかない。
ため息をついて、あらかじめ用意しておいた簡易点滴を糸郎の手首に刺した。ちくりとした針の痛みから眉を寄せる彼に、贅沢なやつめ、と舌を出した。私直々の看病がどれだけ的確でどれだけありがたいことなのか、昔から一緒にいる糸郎にはわかっていないのだ。
「しばらくは安静。おとなしく寝て」
「…チッ」
「無理やり眠らせてもいいんだけど」
麻酔をちらつかせると諦めたのか糸郎はゆっくりと目を閉じた。
やりたいことを存分にすることはいい。私も糸郎が作った服を着たいし、糸郎が服を作っている時の顔がすきだ。だけど、やっぱり無茶しすぎてしまうところはいただけない。心配だ。誰にも気づかれずに死んでいた、とかありそうで。
このあとは猿投山くんの検診が入っているけれど、それはまあ、遅れてもいいか。糸郎に目を縫い付けてもらっていやがったあいつのことなんか、知ったこっちゃない。
「…睡眠くらい、ちゃんととってよばか」
「……」
おそらく狸寝入りであろう糸郎の顔を眺めながら、ベッドに頬杖をつく。自分の体調管理のできない君のせいで、私は保健部委員長にまでなってしまったのよ。一体どうしてくれる。
もういちど、糸郎の頬に手を這わせて、顔を近づける。ここまで献身的な介護をしてあげてるんだから、少しくらいお礼を貰っても罰は当たらないだろう。
「糸郎、すきだよ」
紫色でかさついている上に、ちょっと切れてる唇に自分の唇を重ね合わせる。寝たふりを続けているということは、勝手にしていいということだと受け取る。
私は糸郎の作った服を着て、糸郎のために看護する。たとえ、彼が私を見てなんかいなくても。
これはもはや重大な病気である。恋煩いという恥ずかしい名前の。
治せるのはこの世界でただひとり、私のことなんか素知らぬふりで狸寝入りをする、研究熱心な誰かさんしかいない。
20131226
ひえた手にあたたかいぼくの手はいかがですか