「マスター、ねむいの?」
うとうとしている彼女に手を伸ばす。マスターはもう目があまりあいていない。たぶん、とても疲れているのだと思う。
最近、彼女は忙しい毎日をすごしていたから。
こうやってマスターと一緒に洗濯物を畳んだり、なんとなくテレビを観たりして過ごす時間が俺は好きだ。いつもがんばっていて、しっかり者の彼女が少しだけ弱々しくなるこの時間が、俺にとってはとても大切なんだ。
「へいき」
「でも、ねむそうだよ」
「まだねない」
こんなに眠そうなのに、寝ないなんていうマスターにちょっと笑ってしまった。彼女の手の中では畳みかけの洗濯物がくたっとしている。疲れているなら、はやく寝ればいいのになあ。
バラエティ番組から流れる笑い声がとおく聞こえる。彼女の髪を指でとく。ああ、なんか、ほんとうに
「すきです」
俺がひとだったら、よかったのになあ。
そうしたら、彼女をもっと幸せにしてあげられたかもしれない。
どれだけ人みたいにふるまっても、俺はしょせん機械だ。老いることも、食事をとることも、寝ることだって、必要ない。
どうして俺は、彼女が当たり前にできることが、できないのだろう。
「わたしも」
「マスター」
「カイトがだいすき」
へにゃりと笑った顔で、やさしい声で、俺の首にうでをまわした彼女を、俺はこの先ずっと忘れたくないとおもう。データじゃなくて、思い出として、覚えていたいおもうんだ。
機械の俺が人のまねをするなんて、おかしいかもしれないけれど。虚しくて悲しいことかもしれないけれど。
「マスター、パンツしわになってる」
「ばかいと」
「ひどい」
彼女の背中に腕をまわす。あたたかい、俺の人工のそれとは違う体温。なぜか胸のあたりが苦しくて、出るはずのない涙がこぼれそうになる。これは、カナシイでもウレシイでもない。インプットされた感情のどれにも当てはまらない何か。
「はこんでくれる?」
「もちろん」
もっと先の未来。マスターがいなくなってしまったとしても。
俺はこの日々と、彼女がくれたたくさんのものを抱えて過ごすから。彼女がここにいたこと、俺といっしょに過ごした日々を、ぜったいに忘れたりしない。
俺のすべてが作り物だとしても、この時間と彼女はまちがいなく本物だから。
「ありがと」
ああ、それから、俺の中にうまれたこの気持ちも。これはプログラムなんかじゃない、俺が見つけた本当の感情なんだって、しんじたい。
ねえ、マスター。俺はあなたがいるから、こんなにも幸せなんだ。だから、さいごのその時までどうか一緒にいさせて。
「あいしてるよ、マイマスター」

20130916
なんて泣ける話だろうね