ちいせえ頃、俺は他のやつと喋ろうともとしなかった。とりあえず話しかけられても無視、それでもよってくるやつは暴力で遠ざけるような可愛げのかけらもないようなガキ。俺だ。
そんな感じで周りからすっかりひとが消えたある日突然。そいつは俺の服のすそをつかんで、だらしない笑顔を浮かべていた。

「オムライスつくって」
それがこの女である。
あれからかれこれ十数年。俺たちの関係はずるずるとここまで続いた。こいつは一人暮らしをはじめても、俺をたびたび呼んで家事を手伝わせてくる。
断れない俺も俺だが、むかしからこいつにはなぜか強くでられないのだからもう仕方ないような気がする。
「おまえいつになったら自分で料理できるようになんの」
「今だってできるよ?」
「俺、おまえの料理食ったことねーんだけど」
「あきおちゃんが作ったほうがおいしーんだもん」
「あきおちゃん言うな」
いわゆる幼なじみ。腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもなく。
思春期が爆発して、名字呼びを強制していたあのころが懐かしくおもう。まあ今とあんまかわんねーけど。
ため息をついてから、立ち上がる。目的地は冷蔵庫である。
「玉ねぎはあるよ、たぶん」
「卵は?」
「あるとおもうー」
「おい、これいつのキャベツだ。腐ってんだけど」
「えー?」
ふだんも料理をあまりしないこいつの冷蔵庫の中にはたまにおぞましいものが紛れていたりする。なんで平気でものを腐らせるのか俺にはわからない。
腐っているキャベツを生ゴミのふくろに突っ込んでから、玉ねぎとにんじん、鳥肉をとりだす。グリーンピースはいれない。やつがきらいだからだ。
「ふどーくん、はやく」
「うるせー、早く食いてえなら手伝え」
「ねえ、ふどうくん」
「んだよ、パセリもうねえじゃん」
「結婚しよっか」
「明日かいもの行くぞ、…は?」
にんじんを刻む手をとめる。なんか今こいつ変なこと言わなかったか。いつのまにか、俺のとなりに来ていたこいつを見下ろす。気づかないうちにさっと移動するのは昔から変わらない。いちいち驚かないくらいに俺も慣れたが。
包丁もってるときはあぶねーからこっちくんなって何度も言ってるのだが、こいつはそれを全く意に介さずしょっちゅう俺の手元をのぞいている。
「今なんつった?」
「結婚しよっか、って言った」
「…はぁああああ?」
結婚?何言ってんだこの女は。あいかわらずの突拍子もない発言。付き合ってもないのにいきなり結婚ってどういうことだ。
包丁をおく。それまで手元を見ていた女が顔をあげて、こっちを見上げた。
「何言ってんだおまえ」
「何って言われても」
「結婚っつーのは、そんな簡単にしていいもんじゃねえだろーが」
「それくらいわかるわ。バカにしないでよ」
子ども扱いなんてしたことねえわ、ばかやろう。重いため息をはく。なんでキッチンでプロポーズされてんだろ…俺…。
つーかこいつ、俺のこと好きなのか?今までそんなそぶり見せなかったじゃねえか。もうほんと何考えてるかわかんねえ…。
何年もそばにいてもこいつが考えてることはわからない。それに近すぎて今さら好きだなんて言えなかった。言わなくてもそばにいるんだから別にいいかなとさえ思っていたし。
「…だいたい、おまえがいつまでもフラフラしてっから今までずっと、」
「ずっと?」
「あークソッよく聞けバカ女!」
「あ、はい」
「いきなり結婚はムリだ」
「はい」
「だから…俺と…」
「…明王」
「俺、と…」
「わたしと結婚を前提につきあってください」
俺が必死になって言おうとしていた言葉をこいつが簡単にかっさらっていった。とりあえず炊飯器に手をついて長いため息をはく。
ああもう、ほんとにこいつなんなの。なんでいつもけろっとそういうこと言うんだよ。バカか。いやバカなのは知ってたけど。
「あきお?」
「うるせえよ…ばかやろう…」
「返事ほしいんだけど」
じっと見つめられて、声がつまる。平静を装うも、きっとこいつにはバレバレだろう。女々しい自分が嫌になる。ダッセエな、俺。
少しだけ照れ臭そうに見つめられる。こいつも照れてるのかもしれない。わかりにくいけど。よく見たら少し顔が赤い。

カッコワリィけど、多分俺は、こいつからこうやって言われるのをずっと待っていたんだと思う。…遅いっつーの、バカ女。
こいつ以上にきっと赤い顔をしている俺は、覚悟を決めて息を吸い込んだ。

20130814
恋する乙女よ胃袋をつかめ