「真くんまた変なのもってる」
くつくつ控えめに笑う彼女を横目に相棒を睨む。真ちゃんは彼女の好奇心の的にあるらしい。俺の恋人である彼女は緑間とタイヘン仲がよろしい。
「真ちゃんばっか見てたのし?」
「へんてこでかわいいよ」
「カワイイ…?」
「あ、ほらおしるこもってる。うれしそう」
窓から見える真ちゃんの挙動を見守る彼女は楽しそうだ。彼女の思考を理解することはむつかしい。一生かかっても無理な気がする。
やわらかい笑顔が真ちゃんに向けられるたびに、俺が悶々としていることを彼女はわかっているのだろうか。わかっているのならば、相当な小悪魔だ。
「あれ、高尾くんこわいかおしてる」
「高尾くんはフキゲンになりました」
「えー?」
「誰かさんがどっかの緑間ばっか見てるから!」
真ちゃんを見つめていたぱっちりした二重がこっちに向く。眉尻がさがったうれしそうなかお。かわいいけど、それだけじゃ俺の機嫌はなおらない。
「ふふふ」
「なーに笑ってんの」
「高尾くんがやきもちをやいておられる」
男のやきもちなんてきもちわるいだけだ。それなのに彼女はうれしそうにくつくつ笑う。真ちゃんに向けていた目はもう俺しか映っていない。
本当は、彼女が笑うだけで怒っていたこととか悲しかったこととか、全部、どうでもよくなってしまう。女々しいけれど、真実だ。それくらい彼女が好きで、不味いやきもちを大量生産してしまうのである。
「誰のせいだよ」
「わたしだったらうれしい」
「お前以外誰がいんのさ」
「ふふふ」
俺はきっと彼女が思っているよりずっとちっぽけで、女々しい男だが、そのちっぽけな見栄さえも彼女のせいで崩れ去っていくのだから、どうしようもない。悪戯を考えている子どもみたいな笑顔とか、ときおり見せるしかめっ面、それからめったに見せない涙。そのすべてに俺は一喜一憂して一挙一動する。
「はあ」
「これからも焼いてね、高尾くん」
「これ以上焼けねーよ、焦げるっての」
「焦げても、わたしが全部たべたい」
こんな彼女に勝てるわけがないだろう。黒髪を揺らしておかしな鼻歌をうたう彼女はとても上機嫌である。窓の外にはもう、真ちゃんの姿は見えない。今ごろ、どっかでおしるこでも飲んでるのではなかろうか。
「ね?」
何が、ね?だ。この小悪魔め。
「…美味しく食べてネ」
「ふふふ」
お得意のへんてこな笑いかた。彼女にしかできない、不思議な笑顔。俺が好きな女の子は迷路みたいに入りくんでいて難解な女の子だ。
ああ、もう敵わない。
緑間にも劣らないへんてこな彼女は、今日も明日も俺の焼いたもちを食べて笑うのだろう。
20130709
気まぐれシェフのレミュールランチメゾット