鬼灯の角が、大変気になる。髪で角が隠れている鬼が多いので、彼のように丸見えな状態は珍しい。直毛でサラサラしているように見える髪も印象的だが、私としてはこの角に、知的好奇心をそそられるのである。
大王様も他のやつらもいなくなったこの時間。三分に一度くらいの頻度で一子と二子が廊下を駆け抜けるがまあいい。とにかくチャンスである。さわりたい。どんな手触りなのか、あるいは彼がどんな反応をするのか。
「さわらせて」
気持ちが先走ったせいで主語がぬけた。鬼灯は小難しい書類に走らせていた筆をとめ、顔をあげた。ほんのりと浮かぶ訝しげな表情。彼の表情筋はあきらかに仕事を怠けているが、まあそれは彼の特徴の一つなので今更何も言うことはない。
「はい?」
「角がね…さわりたいんだけど」
そんなにまっすぐ睨まれると言いにくい。歯切れ悪く台詞をつむぐ。くだらないと一蹴されてしまうかもしれない、と思いながらも、諦める気はこれっぽっちもない自分にはすこし呆れる。自慢じゃないが私は欲求を満たすためならどんな労力もいとわない女だ。
「なんでまた」
「ふかい、理由はないけど」
「理由がないなら触らせる訳にはいかないですねえ」
「えっ、そんな!」
鬼灯はかたりと筆をおいて、腕を組んだ。コイツ、理由なんてたいして興味もないくせに…。ただで触らせてやるのが癪だってだけなのだろう。たぶん。
それに本当に深い理由はない。なんか気になる。ただそれだけなのだ。言葉で説明できない、いわば猫が猫じゃらしに反応するような、そういう本能的な感覚だ。
「貴女がそれ相応のことをしてくれるというなら、考えましょう」
「対価を用意しろと?」
「そうなりますね」
「たとえば何かな」
「それを私が考えたら面白くないじゃないですか」
なるほど、鬼灯は私を面白がっているのか。遺憾の意。むううと眉間にシワを寄せる。鬼灯のこういうところが私は嫌いであった。
良くも悪くも鬼灯は鬼だ。もとは人間のくせに、鬼よりも鬼らしい。ドS。ド鬼畜。
「しまいには拗ねてやる」
「もう拗ねてるでしょう」
「鬼灯ってほんと性格わるい…」
「どうも」
「ほめてねえよ」
私は拗ねたので、もう鬼灯の意思を確認して私の行動に反映することはやめた。いいもん。勝手にさわるもん。腕を伸ばして、鬼灯の角に触る。固い。つるつる、とはいかないが、肌とは違う。私の角とは質感がすこし違う気がする。ふむ、個体差があるのか。自分以外の角を触るのははじめてだ。必然的に発見も多くなる。
「こら」
「うごかないで」
「勝手にさわって何言ってるんですか」
腕を組んだままむすっとしてる鬼灯。振り払ったりしないところを見ると、角を触られることは嫌じゃないらしい。…嫌悪感はなし。
「ふむふむ」
「満足しましたか」
「や、もうすこし調査が必要」
「何の?」
しりたい。さわりたい。どうしてそんなことを思うのかはよくわからないが、たぶん鬼灯だから気になるのだろう。うん。ぜったい言わないけど。
自意識過剰と言われてしまったらそれまでだが、内心で期待するくらいは許してほしい。角というプライベートスペースをさわらせるのは、つまりそういうことだと。


20130706
とか言ってみる