「つくばねの、みねよりおつるみなのがわ」

好きな歌をくちずさむ。歌と言っても和歌なので、そこらの女子高生が歌ってるような甘いラブソングなどではない。決して。
わたしはもともとかるたが好きだったわけではない。しかしあのかるたバカたちのせいでわたしも少しそちらの世界に引き入れられてしまった。別にちはやを悪く言っているわけではない。
「好きだな、それ」
「あ、真島さんおつかれ」
茶道部に所属しているためにかるた部への入部は残念ながら果たせなかったが、ええもう大変残念ながら。しかし茶道部とかるた部の部室が近いからか、わたしがちはやと真島と同じ小学校だからか、わたしたちは割りと頻繁に遭遇し、頻繁に会話をしている。
「部活は?」
「わたしのとこはもう終わり。真島は休憩中?」
「ああ」
かるた部は文化部ながら運動部のようにきついと噂だからな。大変なのだろう。それから、それ以上にかるたが好きなのだろう。部室よりもひんやりとした廊下が独特の空気を放っている。わたしはこの空気感が嫌いじゃなかった。
「かるた部すごいね、大会」
「ああ、サンキュ」
「ちはやの活躍、見たかったなあ」
「ちはやだけかよ」
なんだかすごい大会に出場していることは、聞いていた。先生や、綿谷君から。綿谷君とも頻繁に連絡をとっている。それは最近まで、かるたとは関係のないはなしばかりだったのだけれど、今になって綿谷君からのメールはかるたのことでいっぱいになっていた。
「…新に会ったよ」
「……そっか」
「まだ新と仲良いんだろ」
「え、しってたの?」
「薄々」
ただ、その話をちはやと真島にはできなかった。二人は綿谷君の話を避けているように見えたから。三人の間にはかるたという太い絆があった。しかしわたしはそうではない。かるたから遠いわたしだから、見えるものもあるらしい。
「筑波嶺の、の歌。新に教えてもらったんだろ」
「……なんで、それも、しってるの」
「薄々」
一気に顔に熱が集まる。それはたしかわたしのトップシークレットなのだけれど。なんで真島に薄々気付かれてるんだ。恥ずかしいなもう。
綿谷君から教えてもらった歌をくちずさんだりしてるなんて、そんなの、すきだと言っているみたいじゃないか。
「ひ、ひみつにしてね」
「…お前も新なのかよ」
「えっ?」
「なんでもない」
真島が吐き捨てるように何か言ったような気がした。わたしには聞こえなかったけれど何となくその奥には、ちはやがいる気がして、声が出なくなった。
どうしようもなくなって、とりあえず背伸びして真島の頭を思いっきり叩いた。よくわからないけど、イラッとした。
「って、何すんだよ!」
「わかんないけどムカついた!手痛い!」
「知るか!」
真島も、ちはやくらい真っ直ぐだったらわかりやすいのだが。溜め息を吐く。わたしたちはきっと青春の真っ只中にいるのだろう。

20130616
告発しましょコイゴコロ