悪いことはしてない。すきになった人が、たまたま海賊だったってだけ。
彼と出会ったことで私の人生は大きく軌道を変えたのだろうけれど、わたしはそれを後悔したりはしないだろう。このひとと一緒にいることが一番の幸せだと、わかっているから。

「ローさん」
「…何度言ったって答えは変わらねえ」
この、眉間にしわを寄せる怖い顔の彼が、わたしのすきなひと。職業は海賊団の船長。くまが酷いイケメン。
ちなみにわたしは善良な一般庶民。頭では、どうしたって釣り合わないことも許されないことも、わかってはいるのだけれどなあ。
「わたしだって諦めるわけにはいかないんです」
「雑魚を船に乗せるわけにはいかねえんだよ」
「…じゃあ、どうしたらローさんと一緒にいられるんですか」
あなたはもう、わたしの住む小さな港に戻って来てはくれないでしょう。ここでサヨナラしたらもう二度と会えない。そんなの、イヤだ。
あまりきれいじゃない壁にもたれ掛かるローさんに手を伸ばす、その手は拒まれることなく彼のシャツに触れた。
「どうもこうもねえ」
「っ」
「お前みてえなガキ、お断りだっつってんだよ」
じゃあどうして拒まないの。彼はわたしが何をしたって迷惑そうに顔を歪めて文句を言うだけで振り払ったりはしない。お断りなら、私の手を振りほどいていなくなってよ、今すぐに。
…うそ、いなくならないでほしい。すきになんかなってくれなくていいから、ただ傍にいられたらそれでいいから。わたしは、ローさんと一緒にいたいんです。
「すき、です」
「はっ」
「それだけじゃ、だめなんですか」
わたしはどう頑張っても、あなたと一緒にはいられないんですか。目の端に水分が溜まっていく。泣いちゃダメだ、っておもっているのに、滲み出したそれは引っ込んではくれない。ああ、弱いわたしはいらないというのに。見られてしまわないように下を向いて、ローさんのシャツを握る手のひらに力を込める。
「泣いているのか」
「いいえ」
「くだらねえ」
あなたにとってはくだらねえことでも、わたしにとっては大事なことなんです。わたしは海に出たことも、物を盗んだことも、人を殺したことも無いけれど。とんだ世間知らずの小娘かも、知れないけれど。
かんたんに諦められるような恋をしているつもりは、ない。
「わたしも海賊になります」
「自分が何言ってるか分かってるのか」
「立派な海賊になったら、わたしを船に乗せてくれますよね」
バッと顔を上げると、左目から涙がぼろりとこぼれ落ちた。女の子の決意を、ナメちゃあダメですよ、トラファルガー・ローさん。面食らったような顔をするローさんににやりと笑う。泣きながら笑うわたしは、きっと滑稽に見えるだろう。
「…やっぱ泣いてんじゃねえか」
「泣いてません」
「ひどい顔になってるぞ」
わたしの目元にローさんの腕が伸びてきて指が涙をすくった。今度はわたしが面食らう番だった。はじめて、彼が触れてくれた。わたしに、触ってくれた。
「ローさん、ローさあん…」
「うるせえ」
「わたし、ちゃんと海賊になります、から」
あなたの役に立つような海賊に、なりますから。だからそのときは、どうかあなたの傍に置いてください。ボロボロこぼれる涙と歪んだ視界の中心で、やっぱりローさんは迷惑そうな顔をしていた。
その顔が照れ隠しだと知るのは、まだずっと先の未来の話なのです。

20130610
ねだる小指が夜空をなぞる