「日本の代表って、すごいひとばかりだね」
それはまあ、いろんな意味で。
かわいい後輩の剣城きゅんからのヘルプでわたしはこっそり神童くんに会いにきている。ほんとはダメなのだろうけれど、天馬くんや葵ちゃん、それからその日本代表のひとが手伝ってくれたらしい。こうしてわたしは仏頂面きわまりない神童くんとの再会を果たしたのである。
「…そうだな」
「(これは重症だ)」
案内された神童くんの部屋らしき部屋。うむ、なかなかきれいに整頓されてある。神童くんらしい。
その部屋でみけんにぎゅううっと限界までしわを寄せている神童くんに、どうしようかと頭のうしろをがしがしとかいた。髪が痛むからやめろといわれているけれど、これはやめられないわたしの悪癖だ。
慣れしたしんだ(と言ったら彼は怒るだろうけれど)涙目の神童くんだったら、よかったのに。泣けていないということが彼にとってどれほどのストレスになっているのか、わたしにはよくわからない。
「うーん…神童くん」
「なんだ」
「おいで」
とりあえず両手をひらいてウェルカムのポーズ。ストレスを軽減するにはハグがいいと知ったのはわりと最近だ。ちなみにソースはツイッターである。
親元をはなれ寮暮らし。女の子もいるけれど、それを上回る圧倒的な男子のむさ苦しさ。神童くんも女の子が恋しいだろうというわたしの気づかいである。…じょうだんである。
「お前はまた…」
「あ、おこった?」
「……いや、ありがたく受け取ろう」
神童くんが近づいてきて、わたしの胴体に手を回した。え?あれ?いつもなら顔をあかくしてプンプン怒ってしまう神童くんが、わたしに抱きついてくる、だと?
ぎゅうっとみけんと同じくらいつよく抱きしめられてしまってわたしは広げたままの手をわたわたと動かした。もしかしたら、わたしが思っていたよりも神童くんはダメージを受けているのかもしれない。
「し、神童くん…?」
「うるさい」
「そんなに、追いつめられてたの?」
「うるさいって言ってるだろ」
み、耳の近くで神童くんの声がする…。わたしを抱きしめる手は力強いけれど、ふるえている気がする。
神童くんは、いじっぱりだ。あと、がんばり屋さん。彼はたまに、がんばりすぎてオーバーヒートを起こしてしまう。付き合いは、きりのんよりも短いけれど、わたしにもそれくらいはわかるのだよ。
「神童くんは、がんばらないことをがんばるべきだね」
「何言ってるんだ」
「無責任なことは言えないけど。何も考えないことも、たまには必要なんじゃないかなあ」
行き場のなくなっていた手のひらを神童くんの背中にまわす。それからとんとんと、かるく叩く。わたしよりもたくましい背中は今はたよりない。
神童くんはまわりが見えすぎる。だからきっと疲れてしまうんだ。彼みたいなひとは、たまに目をつむって深呼吸をするべきだとわたしはおもう。
「お前が、いないから」
「え?」
「お前がずっとそばにいてくれたら、いいのに」
「…、きょうの、神童くんはヘンだね」
ふだんの神童くんならぜったいにこんなことを言わない。てきとうに、ふわふわ生きるわたしを冷たい目でみることだってある。でもなんとなく、どうして神童くんがわたしを必要としてくれているのかわかる気がした。
わたしと神童くんは背中合わせだから。正反対のほうを向いて生きているのだ。
「わたしはずっと神童くんの傍にいれるわけじゃないし」
「わかってるさ」
「わたしがいなくても、神童くんは大丈夫だよ。たぶん」
「大丈夫だったらお前はここにいない」
「それはそうだ」
くつくつ笑うと、背中にまわった手の力がさらに強まった。わかりやすいすね方。
神童くんに言ったら怒られそうだけれど、わたしはいつだってあたたかい手のひらもすぐ涙がにじむ目元も、すごくすきなんだよ。繊細で、やさしい神童くんがだいすきなんだよ。
「ね、わたしはここにいるから。泣いてもいいよ、神童くん」
わたしの筋肉のない腕や胸じゃあ、すこしたよりないかもしれないけれど。
ねがわくば、この先きみがかなしいとき、傍にいるのがわたしであることを祈る。

20130606
スワロフスキーの銀河を泳ぐ