「生きてるか」
目の前がちかちかとかすむ。わたしにとって、大変このましくないと思われるシチュエーションの中、兵長のこえがノイズとともに耳にながれこんできた。いつもより心拍数がリアルにかんじられるのは、ポンプ作用で全身におくられたけつえきが、たくさんながれでているからだろう。
「へい、ちょう」
「今救護が来る」
「いらない、っす」
へらりと笑うと、兵長のこわいかおがさらにこわくなった。わたしは彼のこのかおがこわくて、こわくて、仕方なかったのになあ。憎むべき巨人にたべられてしまった右腕をのばそうとおもって、はじめて体がまったくうごかないことに気付いた。このまま目を閉じたらしぬのだろうな、とふわふわとかんがえる。人類最強に看取られるのなら、それもわるくない。
「どうせ、しんじゃう」
「これくらいじゃ死なねえよ、甘ったれるな」
「はは、っ」
しにそうなわたしを前にしても兵長は兵長で、それがなんだか嬉しかった。人類が巨人にほろぼされてしまったとしても、彼には絶命するそのしゅんかんまで、変わらないでいてほしい。わたしは強い兵長がとてもすきだったのだ。いま、きづいたことである。おそすぎた、かもしれないけれど。
「へいちょ、…」
「喋るな」
「しなないで、くださ」
ちかちかしていた目の前がだんだんと真っ白になっていく。ノイズのおとも大きくなってきた。ああ、そろそろだな。本能的にそうきづいて、きゅうっと喉がなる。しぬって、もっと怖いことだとおもってた。だがいまのわたしは、とてもおだやかで泣きたくなるほど晴れやかだった。巨人に食い殺されるよりもずっと、すてきな最期だ。
「…こっちの台詞なんだがな」
つぶやくような兵長のことばに、最後のちからをふりしぼって、なんとか口角をあげた。エレン君と、なかよくしてくださいね。こころの中でねんじる。ソウマトウ、なんてものが見られるほどたいそうな人生はおくってこなかったけれど、わたしの一生はおそらく、まあまあしあわせだったといえるだろう。
「かお、こわいですよ」
ほんとはもう兵長のかおなんてみえないけれど。彼がこわいかお以外のかおをしているのは見たことがないから、だいじょうぶ、まちがってない。わたしも彼もきれいな別れのばめんをえんしゅつできるほど、器用じゃない。わたしも彼もひととしてなにか欠落していた。たぶん、調査兵団にいるみんながそう。だけどわたしはそれを誇りにおもう。兵士としてしねて、よかった。
「俺はもともとこういう顔だ」
「しって、ます」
さよならくらい言うべきなのだろうか。でももうこえはうまく出せないし、それはあきらめよう。またつぎに会うきかいがあれば、それはそのときに、いうことにする。
瞼のうえにのった兵長の手のひらの重さが、わたしを天国にみちびく救いの手だったことは、きっとわたし以外だれもしらない。

20130509
うまれたばしょにかえろう