「あ、ノボリくんおかえり」
わたしとノボリくんはいわゆる恋人というやつだ。つきあってもう、三年、いや四年?あれ五年かな?…とりあえず、ずいぶんと経ちます。ノボリくんはバトルサブウェイで、わたしはサブウェイのちかくのカフェで、まいにちがんばって働いている。
「今日はロールキャベツですか」
「うん、デザートはティラミスだよ」
「新メニューですか」
「開発中なのです」
さいばしをびしっとノボリくんにむければ、かれは片手でネクタイをゆるめていた。一応わたしは、カフェでお料理を作ったり新しいメニューを考えたりしているため、家でも試作品をつくったり。ノボリくんにはさいしょのお客さんになってもらうことも多い。
「…美味しそうですね」
「おいしいといいなあ」
「あなたの料理が美味しくなかったことなど、一度もありませんよ」
「もう、ノボリくんだいすき」
うれしいことを言ってくれるノボリくんにクスクス笑いながら、ロールキャベツのはいったお鍋をさいばしでクルリと一周かきまぜる。上機嫌なわたしを後ろからノボリくんがふわりとだきしめた。めずらしい彼からのスキンシップ。
「わっ、ノボリくんあぶないよ」
「たまにはいいでしょう?」
「あー、わるくないかもですね」
お腹にまわったノボリくんの腕にそっとふれる。ノボリくんのにおいがする。かれの使っているナントカっていう香水のにおいと、かれ自身のにおい。安心する、におい。トマトベースのスープのにおいとまざって、それはそう。
「しあわせのにおいがする」
わたしの世界をそしきするしあわせのにおいだ。うわごとのように呟いたその言葉たちをひろって、ノボリくんは小さくわらった。ノボリくんはわたしのことをよくわかっていらっしゃる。
「ええ、とても素敵な香りです」
「食べたらたぶんもっとしあわせだよ」
「私も食べて頂けますか」
「もちろん残さずたべちゃいます」
くっつきながらふざけて、笑いあう。ロールキャベツとティラミスはきれいになくなってしまう予定だけれど、ノボリくんはこんばんだけじゃあとても食べきれないだろうな。
「私のお嫁さんは食いしん坊ですね」
「プロポーズは海のみえるレストラン!」
「はいはい」
ガスコンロの火をとめると、おなべから白い湯気があがった。湯気はあっというまに空気にとけてみえなくなった。きっとしあわせってそういうものなんだとおもう。わたしは今日も空気といっしょにしあわせを吸って、いきているのだ。


20130328
カロリー・オブ・スプライト