!大学生
!何のオチもない
同じ学部の七瀬遙君は、水泳部に入っている。あんまりおしゃべりは得意じゃないが、ふとした時に面白いことを呟いたりして、周りの男の子たちの爆笑を誘ったりすることもある、泳ぐことが好きな男である。そんな七瀬君は、私の隣の部屋に住んでいる。
「こんにちは、今日は雨だね」
「ああ」
「今コンビニ行ってきてね、ちょっと目を離した隙にビニール傘盗まれたよ」
「……それは、残念だったな」
何度か家の前でそのような会話をするうちに、七瀬君は私がコンビニに行く頻度が高すぎることを指摘した。何を隠そう、私は毎日三食コンビニご飯だったのである。それを知った七瀬君はとても衝撃を受け、焼いたサバを持ってきてくれた。
それから、七瀬君はたまに私にサバを焼いてくれるようになった。
「またコンビニ」
「そうなの」
「自炊はしないのか」
「包丁ないから……まな板はあるんだけど」
「買え」
たまに出会った時に短い会話をする。七瀬君は無愛想であまり歯に衣を着せない言い方をするけれど、簡潔な言葉が面白くて、私は結構好きだった。たまに差し入れてくれるサバに、思わずサバばっかりだね、と言った翌日、アジの開きを差し入れてくれた。私は七瀬君ってめっちゃ面白いしいい人だな、と思った。
「包丁買ったよ。七瀬君のおすすめのやつ」
「そうか」
「あれすごいね、切れ味。すごい切れる」
「……ところでその袋は」
「コンビニで買ったサラダチキンです」
「……」
「やっとまるかじりじゃなくてちゃんと切って食べれるよ」
七瀬君はその日、作ったカレーを差し入れてくれた。魚以外もレパートリーあるんだね、と言ったら彼はちょっとムッとしていた。レパートリーはあるらしい。お返しに切ったサラダチキンを分けてあげると、呆れた顔をされた。
「七瀬君、二限の授業の課題やった?」
「やってない。……けど、先輩の去年の課題のコピーは借りた」
「えっ、ずるっ、見せて」
「嫌だ」
「すごい意地悪言うじゃん……ええ、じゃあいいものあげるから」
「いいもの?」
「今年のミス候補の電話番号」
「いらない」
そんな、めちゃめちゃ美人なのに……と言ってもちっとも興味を示さないので引いた。七瀬君って彼女いたことあるの?と聞いたら嫌そうな顔でノーコメントと言われた。絶対いたことないな。たまに、話に出てくる『マコト』は違うのかと聞いたが、すごく嫌そうな顔でアイツはそんなんじゃない、と返された。
「マコトって男じゃん」
「男だ」
「びっくりしたなあ、ていうか七瀬君ってちゃん付けで呼ばれてるんだね。かわいい」
「かわいくない」
七瀬君が部屋に招いたのか、偶然鉢合わせた時、彼は噂のマコトと一緒にいた。七瀬君よりガタイがいい男を普通にマコトと呼んだので、私はびっくりした。マコトって男なんかーい、と。
かわいいと言われたのが嫌なのか、彼はぶっきらぼうにタッパを差し出した。何かと聞けばアクアパッツァと返ってきた。やば。アクアパッツァって何だろう。響きが超おしゃれ。
「七瀬君、これあげる」
「……ナス?」
「ベランダ菜園が思ったより大量に収穫できた」
「ああ……あの森」
「やっぱり私の部屋のベランダだけすごい生い茂ってるよね。大家さんにも言われた」
私は料理しないから、と採れた大量のナスを七瀬君に渡した。どうして料理をしないのに野菜を作るんだ、と聞かれ、タネをもらったから適当に撒いたら勝手に育った旨を話した。七瀬君は、麻婆茄子にして分け与えてくれた。すごく美味しかった。
「部屋の風呂が水しか出ない」
「何それやば。大家さんに言った?」
「まだだ」
「私が聞いてあげるよ。ちょうど滞納してた電気代のことで話あるし」
「滞納……」
「もうちゃんと振り込んだよ。そんな目で見ないで」
大家さんによると、ガスがなんたらでお湯が出なくなっているらしく、しばらくお風呂には入れないそうだ。七瀬君は見たことないくらいショックを受けていた。水風呂か……と呟いたので私はさすがに止めた。この時期の水風呂は体に悪い。部室にシャワーがあるから入浴はそこで問題ないらしい。今日は私のとこで入っていいよ、と言ったら、ぎこちなく視線を彷徨わせていた。
「昨日、遅かったな」
「ああ、うん。サークルの飲み会で。水泳部はないの?」
「行かない」
「あーなるほど。クラス会も来ないもんね。結構楽しいよ」
「……」
何その訝しげな顔は。少しくらい大学生らしくパーっとはしゃぐのも悪くない。七瀬君はそういうのあんまり似合わないけど。今度は誘ってあげるね、と言うと部活に響くから多分断る、と言われた。ストイックすぎか。
「……おい、鍵」
「はー?なんで鍵?」
「部屋に着いたからだ」
「なるほど、おっけー。はいどうぞ」
「開けるぞ」
「なんで七瀬君がわたしの部屋の鍵を開けているの」
「お前が未成年飲酒をした挙句、酔って俺を呼びつけたから」
「なるほど、おっけー。超ごめん」
サークルの飲み会で、頼んだのはソフトドリンクだったはずなのだが、いつのまにかお酒を飲んでしまっていたらしい。べろべろになった私はテキトーな番号に電話をかけ、『動けないからむかえにきて、きてくれなきゃ死ぬ』とのたまわったと、翌々日くらいに七瀬君から聞いた。激ヤバなエピソードに私はすごく反省した。七瀬君は怒っていたが、迎えに来てくれるあたり、彼はいい人だなと思った。
20180712
続くかも