!怪物づかいツナ

勇者様が現れ、この村に平和が戻ってから少し。村のすみで、細々と魔女稼業を営んでいる私は、同じく村のはずれにある大きなお城を訪れていた。ここは、かつて村を支配していた極悪怪物の居城である。
「うーーん、開かない」
大きな門に触れるが、ピクリともしない。この前は簡単に開いたんだけどなあ。魔女なんだから魔法を使えと思われるかもしれないが、魔法というのは世間が想像しているよりずっと地味なものである。普通の薬よりもよく効く薬を作ったりとか、筋力を少し増強したりとか、気持ちを鎮めたり、高ぶらせたり……『何かをパワーアップさせる』というのが魔法の本質である。1を10にはできても、0を1にはできないのだ。
右往左往しているとギイイと嫌な音を立てて、門が開いた。
「言っただろ、その門はたてつけが悪いんだ」
「ヒバリンさん!」
早く直した方がいいですよ、と言うと滅多に客は来ないからいい、と返ってきた。まだほっぺたが腫れている。ヒバリンさんは勇者様との戦いで敗れ、今はその時に負った傷の回復に努めている。本人は怪我が治ったらリベンジしに行く気満々であるため、私はやんわり止めている。平和が一番。
「ご注文のお薬です」
「うん」
村を支配しようとしていた極悪怪物とはいえ、注文を受ければ誰であれお客様。彼のために調合した薬をバケットから取り出す。バレたら村の人から魔女裁判にかけられそうだが、そうなったらそうなったでさっさと逃げ出せばいい。新しい村で一からやり直すだけだ。
「あと、これは差し入れのハンバーグ」
「人かい」
「牛です」
人がよかったな、と言うヒバリンさんにドン引く。彼は吸血鬼なので、好物は『人』なのである。こわっ。文句を言いながら、さっそくハンバーグをむしゃむしゃと食べ始める。よっぽどお腹が空いていたらしい。
「ヒバリンさんのせいで、輸血が必要な勇者様候補の治療に大忙しです。献血をお願いしに村を回ったのなんてはじめてですよ、私」
「仕事が増えてよかったじゃないか」
ヒバリンさんを倒すべく立ち上がった勇者様候補たちはあっという間に返り討ちに遭い、現在鋭意治療中である。本物の勇者様が現れて彼に灸を据えてくれたから現在は落ち着いているが、それまでは村は酷い有様だった。
私は善良な魔女なので、村の人から引き受けた仕事もきちんとこなす。吸血鬼なので仕方ないが、あまり人を殺生してほしくない。村の人が怪物に悪いイメージを持ちすぎたら、私まで排斥されてしまう。このご時世、人と共存できなければ怪物に未来はない。
「これ、使ってください」
「何これ」
「血を吸った相手に飲ませる薬です。増血剤!」
「面倒くさい」
「ああっ」
せっかく作った薬がぽいっと捨てられた。あまり体にいいとは言えないが、これを飲ませておけばとりあえずすぐに死ぬことはない。ヒバリンさん用に持ってきた輸血パック(飢えを凌ぐ用)も見つかり、踏みつけて破裂させられた。辺り一面血だらけになる。バイオレンス!
「せっかく献血お願いしたのに!」
「僕は獲物から直接血を吸いたいんだ」
「そんなんじゃまた勇者様におしおきされちゃいますよ!」
「フン……今度は倒すよ」
せっかく勇者様……怪物づかいのツナさんも献血に協力してくれたのに……。反省の色が皆無なヒバリンさんに私はしくしく泣いた。彼の手が私の肩に乗る。嫌な予感。
「せっかく来たんだから、君の血を吸わせてよ」
「いやですよ、魔女の血は美味しくないんでしょ……」
「空腹を満たせればなんでもいい」
「さっきの輸血パック飲めばよかったじゃないですか!なんで破裂させたんですか!」
「僕が既製品なんかに口をつけると?」
グルメか!逃げようと後ろを向いたところを羽交い締めにされた。だめだ、筋力は人間と変わらない私では吸血鬼には敵わない。特にヒバリンさんは吸血鬼の中でも体力筋力にステータス全振りしてるタイプの超脳筋……逃げ切れる自信はない。
「吸い殺したりはしないよ。君のハンバーグは悪くないからね」
「血液代も含めて請求しますからね……あっ、手首か肘のとこから吸ってください。献血の要領で」
「吸血鬼は首から吸うのが相場と決まってるんだよ」
がぶっと首元を噛まれた。あーー!手首か肘のとこって言ったのに!じゅうじゅうと吸われる音がして、噛まれたところが焼ける様に熱い。ていうか、痛い。すごい痛い。めちゃくちゃ歯が刺さってる。吸血鬼に血を吸われる時、人間はあまり痛みを感じないとか、むしろ気持ちいいとかそんな話があるが、あれはただの噂である。『そうだったらいいなー』という希望的観測なのだと思う。
「いっ、いたい……!まだ吸うんですか!?死んじゃう死んじゃう」
「うるさいな。まずいし」
「無理やり吸っておいてその言い草……」
黙れとばかりにヒバリンさんが私の口に何か押し込んだ。あっ、増血剤。まさか自分が作った薬を自分で飲む羽目になろうとは。ごくん、と飲み込んだ後、必死に口を開く。
「この薬、副作用で、……飲むと、動けなく……」
薬というものには、かならず副作用がある。この薬は足りない血液を補うため、急いで体に血液を作らせるものだ。当然、体に負担がかかる。この薬の副作用は体が発熱し、しばらく動けなくなるところにある。あっという間に力が入らなくなり、ずるっと地面に落ちそうになる。ヒバリンさんに支えられて、なんとか倒れずに済んだ。
「ふーん?」
彼は満足げに口元をぬぐった。腹は満たされた様である。背中と膝の裏に手を回され、軽々と持ち上げられた。体に力が入らないので、されるがまま。血を吸われたことによる脱力感と薬の副作用の発熱で頭がくらくらする。ヤバい、城の奥に運ばれてる。
「ど、どこに連れてく気、ですか……」
「動けない君をめちゃくちゃにするのも一興だと思ってね」
「最低だ……!」
「当たり前だろ、僕は極悪怪物だよ」
ご、極悪すぎる……!頼むからもう一回勇者様にしばかれてくれ、私はそう願った。

20180501
その赤をくれ