卒業式で、誰よりも号泣していた下級生のうるさい男の子。卒業する私たちよりも泣いてるって一体どういうこと、って隣の倉持を肘で突けば、知らねえよと眉間にシワを寄せていた。思えば、去年の卒業式の時も、あの子は誰よりも泣いていたな。
あんまり練習してないから、へたくそな卒業の歌をそれなりに一生懸命歌う。ああ終わっちゃうな、卒業式。終わっちゃうんだな、私の高校生活。


「みゆきくん、クラス会出ない?」
「ん〜〜うん」
「出ればいいのに。最後なんだからさ」
「いや、最後だけ出てもなんか変だろ。逆に」
御幸一也、不参加と。まあ野球部でも打ち上げ的なのするみたいだし、この分だと倉持も不参加そうだな。相変わらず野球部は野球部が好きらしい。
どこかクタッとした御幸君に目をやる。ボタンは全部むしり取られたようだ。見るも無惨な制服がおかしくて吹き出すと、笑うなよとたしなめられた。
「ワイシャツのボタンまでやられたの?」
「そう、容赦ねえよな」
「ウケる」
どこが、と口をとがらせる彼に私はもう一度笑ってみせた。あーあ、私も欲しかったのにな。御幸君のボタン。今でも彼は有名人だけど、いつか彼がもっともっと有名になって、私の手の届かない人になってしまった時、このボタンはあの人のなんだよって自慢したかったのに。
「あげよっか。私ボタン持ってるよ」
「え?何で」
「記念にって、なんかいくつかもらった」
「それ俺にくれていいもんなの」
「私使わないし……御幸君はまだそれ、着るんでしょ」
頷いた御幸君に満足して、ポケットの中をさぐる。固い感触が何個も指先に当たった。テキトーにひっつかんだそれをざらざらと、御幸君の手の中に落とした。
「スゲーもらってんな」
「意外とモテてた私」
「意外ではないだろ」
ねえそれ掘り下げたら、私のことかわいいって言ってくれる?なんて、したたかなことを思った。
「第二ボタン横流すとか、悪い女」
「バレンタインチョコ横流す男とどっこいどっこいじゃない?」
「……」
心当たりがあるのか、御幸君は押し黙ってしまった。甘いもの苦手って言ってたから、そうじゃないかとは思ってた。
「御幸君、ボタンあげるから代わりになんかちょうだい」
「もう俺にやれるものは残ってないけど」
「……携帯のアドレスとか」
私の言葉に彼は眉を寄せた。あ、そういう反応。今日が最後ということで、結構勇気を出してみたんだけどな。耳がじわっと熱くなった。恥ずかし。
「あー……」
「ごめん、やっぱいい」
「え?いや、あのさ」
「クラス会の出席確認、してない人がまだいるんだった。行くね」
「待て待て。嫌だって訳じゃないから」
逃げようとしたら、引き止められた。嫌なわけではないらしく、少しホッとする。困った顔の御幸君を見上げる。メガネを触って、咳払いをした彼は、あーとか、あのな、とか何だか言葉を探しているようだった。
「俺あんまメールとか返信しない……んだけど」
「……」
「それでも怒らねえ?」
「……怒らないと思う」
そっか、と言うと彼は携帯電話を取り出した。ぽちぽちとそれをいじりながら、確か、赤外線ってこうやるんだよな?と呟く。
「教えてくれるんだ」
「聞かれたら教えるよ」
なんだ、それならもっと早く聞けばよかったな。私も携帯電話を取り出して、アドレスを交換した。ボタンなんかより、こっちの方が全然嬉しい。だって、ボタンはメールも電話もできないし。
「やばい、御幸君の個人情報をゲットしてしまった」
「何だよそれ」
「いざとなったら売ろう」
「やめて」
卒業したら、全部終わっちゃうような気がしてた。友情も、恋も。卒業したから、明日から高校生は名乗れないけど、それでも明日も私は私で、ここで学んだこと、仲良くなった人、恋した人は変わらない。
「メールするね。猫の写真とか」
「猫って。ほかに送るもんないの?」
笑う御幸君に、また耳の端が熱くなった。ああ、うん。終わりじゃない。終わってなんか、全然ない。

20180317
はじまり