「よろしくね」
「う、うん」
目の前で微笑む男子に私は若干引きつった笑みを返した。小湊君。彼は私のことをよくからかってくる。そして今は体育の時間。単元はダンス。よりにもよって私は、小湊君とフォークダンスを踊らなければならない状況に陥っていた。
いくら体育という大義名分を掲げられても、思春期の男女が手をつないだり、密着したりするのは、恥ずかしい。恥ずかしいし気まずい。しかも相手が小湊君だなんて。絶対に私のことをからかってくるし、正直やりたくない。
「音楽かけるぞー」
体育教師の声が耳に入ってきて、思わず身構える。えっもう?まだ心の準備ができてないんだけど……。
「ほら」
「……失礼します……」
小湊君が両手を広げる。あまりに気まずい。そろそろと慎重にそこに入ると小湊君がおかしそうに笑った。
「何だよそれ」
耳の端が熱くなる。そんなに笑わなくてもいいじゃないか。いつもと変わらず平然としているその態度が気に入らない。手を、つないだりするんだぞ、異性と。緊張するでしょ、普通。
私がモタモタしている間に音楽が流れはじめてしまって、慌ててダンスの態勢をとる。指と指が触れ合う。ああ!気まずい!
「緊張してる?」
「しっ、してない!」
「へえ、そうなんだ」
とっさに嘘をついたけれど、私が緊張してることはおそらくバレている。小湊君に嘘を突き通せたことがないし。
何もかもお見通しという感じで楽しそうに笑うから悔しくなった。両手は小湊君の指に触れていて、すぐ後ろに小湊君がいて。ダメだ、状況を整理したら余計恥ずかしくなった。何で小湊君は平気なんだろう。彼女いないみたいだし、女子慣れしてるというわけでもないだろうに……。
「耳真っ赤」
「言わないでよ……」
「照れすぎ」
「小湊君!」
後ろでくつくつ笑ってる声がする。クッ……笑い声もいつもより近くて緊張する……。
「本当分かりやすいなあ」
最後に耳元でそう囁かれて、ペアが交代になった。
小湊君にからかわれたダメージが残っていた私は、そのあと組んだ男子の足を四回踏んだ。
20180227
巧まざる恋の奈落