「わっ、本当に来た」
ガチャ、とアパートの安っぽいドアを開けたら、降谷君がいた。大きなスーパーの袋を持って。
「本当に買ってきた」
ネギが袋から飛び出ている。家庭的な持ち物が似合わない降谷君を指差して笑えばむっとした顔をされた。冷えた空気が部屋の中に流れ込む。彼の鼻の頭も赤い。冬だ。
「……君が言ったんでしょ」
そうです。鍋が食べたいなと思ったので、そうメッセージを送った。ついでに冷蔵庫の中身が空っぽなことも。
少し迷惑そうな顔で突っ立っていた彼を部屋の中に招き入れる。懐かない猫みたいな顔してるくせに、呼べば来るんだな、これが。
「暑い」
「寒いのキライなんだもん」
「乾燥しすぎ」
「それは……まあそうだね」
材料を買ってきたことでVIP権が付与された降谷君はこたつに入ってぬくぬくしている。面白いのか面白くないのかよく分からないテレビを観ながら文句を言っている彼に苦笑いをする。
寒いキッチンで豆腐を切っている私に少しは遠慮しろ。あっ、崩れた。いいか。
「ネギいっぱい入れようね。降谷君風邪引きやすいしね」
「それは君でしょ」
「あっ、もう11時」
降谷君、終電は?と聞くと、うんと返ってきた。うんじゃない。
おなかがいっぱいで、こたつがあったかくて、幸せだ。降谷君が買ってきたアイスがまだ冷凍庫にあるから、あとで食べないと。贅沢な夜だ。
「タクシー代とか出せないよ、私」
「うん」
「うんじゃなくて」
聞いているのか聞いていないのかよく分からない返事を繰り返している。降谷君はこういうことがよくある。返事をしとけばいいってもんじゃないが、都合が悪いとすぐ無視を貫いていたあの頃よりは大人になったのかも。
「……いつ」
「うん?」
ぽつりと、彼が漏らす。
「いつになったら、今日は帰らなくていいって言ってくれるの」
「……」
沈黙。テレビから流れるバラエティの笑い声だけが私たちの間を流れた。とっくに冷めた鍋のスープに浮いたネギのかけらが目に入る。
「ずっと待ってるんだけど」
「そうだったの?」
「うん」
「初耳だよ」
「今はじめて言った」
じっとテレビを観ている降谷君の横顔を眺める。困ったな。うちにベッドは一つしかないし、客人用の布団なんてものもない。降谷君が着れるような寝巻きもないし……。あとパンツがない。パンツがないのは大問題だ。
「ねえ」
色々と考えていると、ふいに彼の顔がこっちを向いた。催促するような声色に、曖昧な笑みを作る。困ったな。
「帰らないでって言って」
さっきは、帰らなくていいよじゃなかった?いつの間にかハードルが上げられている。大変だ。これ、放っておいたらそのうち居住を希望しだすぞ。
呼べば来る、くらいの距離だったはずなのだが。いつの間にか吐息が混ざるくらいの距離にいる彼に目をさまよわせた。暖かいこたつの中では足が触れ合っている。さて、なんて答えよう。
20171126
まもなく終点です