隣の席の浅田は、なんだかなよなよしている。
「えーー先輩と同室なんだ!男子寮ってどんな感じなの?」
「うーん……騒がしい、かな……」
「そうなんだ!あ、でも女子寮も同じ感じかも、みんなめちゃめちゃ喋るし」
入学してしばらく、隣の席になった男子は気が弱そうで眼鏡をかけていてひょろひょろと細長い、あんまり頼もしくない感じの子でした。最初こそ、すぐキョドる態度や合わない目線にイライラしていたものの、真面目で穏やかな浅田は授業の課題やペアワークでは、かなり頼りになることに気づいた。
スポーツ推薦組である私は、勉強は苦手で、浅田に度々助けられている。教え方も丁寧だし、怒らないし、見捨てないし、浅田は超いいやつだ。
「いつもどんな話してるの?」
「えっ……うーん、部活の話が多いかな。あとゲームの話とか……先輩の彼女の話とかも、たまに」
「男子も恋バナするんだ!えっ、誰がかわいいとか、好きな子の話とかもする?」
「してる人もいる、かな」
「そうなんだ、うちのとこなんてそんな話ばっかだけどなあ。どのクラスの誰がイケメン、とか、付き合うなら誰とか」
浅田が居心地悪そうに恋バナに参加する姿を想像して少し笑えた。そういうの苦手そう。
「やはり野球部のミユキ先輩は人気だよね。なぜか三年の先輩たちはみんな口を揃えて『ない』って言うけど……」
「そうなんだ……」
イケメンで言えば、同じ学年の奥村君もハーフみたいでかっこいいよね、と言うと、浅田は少し嬉しそうに頷いた。なんでミユキ先輩の話のときは若干引いてたのに、奥村君の時は嬉しそうなんだ?好きなのか?
「ね、浅田はそういうのないの?」
「え?」
「かわいいと思う子とか……」
「そっ、そういうのは、僕は、特には……!」
軽い気持ちで聞いただけなのに、ボッと顔を真っ赤にする浅田ににやにやと笑う。やっぱりこういう話苦手なんだ。
「最近、超仲いいよね」
「へ?」
「浅田と」
「はっ!?」
机をくっつけて友達数人とお昼を食べていたら、そんなことを言われた。私に向けられた言葉と視線にたじろぐ。何を言うんだ、いきなり。
「よく話してるし?超楽しそうだし」
「確かに、よく話しかけてるよね」
「え、浅田みたいのがタイプなの?マジかー意外!」
「なっ……」
勝手に話を広げられて、ぶわっと顔が熱くなった。頭の奥の奥まで熱が広がっていく感じ。ちょっと仲良く話していただけで、そんなふうに言われる覚えはない。
「そんなわけないじゃん!」
気付いたら飛び出していたのはそんな言葉で。友達の驚いた顔を見て、自分の声がかなりの音量だったことに気付く。しかし、一度出てしまった言葉を引っ込めることはできない。ハッとして口許をおさえても、クラス中に響いてしまったものは消せない。
「だ、だよねー……」
「まあ普通に浅田はないよね」
「うん、ないよ」
引きつった笑いでその場を誤魔化そうとする友だちに私もあわてて同調するような笑顔を作った。たぶんまともに笑えてなかったけれど。
チラッと教室の隅を見ると、奥村君たちとごはんを食べていた浅田と目があってしまって、体が固まる。聞かれてた。
お昼休みが終わって、午後の授業が始まったけれど、あれから一回も浅田と目が合わない。というか浅田が、こちらを見ようとしない。
やっぱり、聞こえてたんだ。そうに違いない。じゃないと変だ。普通に会話が届く距離だったし。
「(謝る?……いや、何に対してって感じだし……)」
思いっきり浅田のことを否定してしまった手前、自分から話しかけにくい。そんなに力一杯否定しなくてもよかったはずなのに、恥ずかしくて、勢いでああ言ってしまった。浅田だって、あんな言い方されたら、いくらなんでも気分が悪いだろう。……怒ったかな。もしかしたら嫌われたかも。
ぐるぐる考えていたら、終業のチャイムが鳴った。一ミリも授業聞いてなかったのに今日の授業が終了してしまったらしい。
「あっ……!」
授業が終われば、すぐに部活が始まる。机の上に散らばったペンを慌てて筆箱の中にしまっていると、隣の席の浅田が立ち上がる。
絶対、今日のうちに話しかけなきゃ、と思った。明日になったら、きっともっと話しかけにくくなってしまう。でも、なんて話しかければいいんだ。『さっきのは違うから』?いや、何が違うんだって話!言い訳するのも変!
重そうな鞄を肩にかけて、浅田が教室を出ていく。野球部は特に遅刻に厳しいのだ。ああもう!筆箱をリュックに無理やり押し込んで椅子を引いた。
「浅田!」
先に歩いていた彼の鞄の紐を掴んで、引き留めた。引き留めてどうするんだって思ったけど、今さらあとには引けない。ぎゅっと、両手に力が入る。
「えっ、どっ、どうしたの!?」
「……なっ、ない訳じゃないから!!」
「え……?」
「確かに浅田は頼りなさげだしイケメンでもないし叩けば折れそうだけど、別にそういう浅田が悪いとは思わないし!?むしろ守ってあげたくなる感じだし!?」
「えっと……」
彼の斜めがけ鞄の紐を掴んだまま、勢いに任せてぐわっと喋り倒す。世間一般でモテる男の子とはかなり違う気がするけど、魅力がないとは思わない。いいやつだし、やさしいし。私がどれだけ数学できなくても見捨てず付き合ってくれたのは浅田くらいだもの。
「さっきは勢いでああ言っちゃったけど、私本当は浅田のこと『ない』とは思ってないから……!」
むしろ奥村君より近づきやすくてありだと思うよ!華はないけど、居心地はいいし!
勢いだけで喋っているので、言ってることがめちゃめちゃな気もしないでもない。けど、もう引けない。とりあえず、浅田のことをよく思っているということを伝えなければ……それだけでも分かってもらわなければ……。と思って浅田の顔を見上げると、彼は何のことだか分からない的な顔をしていた。
「もしかして、昼休み言ってたこと……?」
「それ以外ある!?」
「そっ、そっか」
「本当ごめん……」
嫌われたくないし、明日からも話がしたい。ペアワークやグループワークも一緒にやりたい。
そう思うなら、友達なら、なおさらあそこであんなふうに否定すべきじゃなかった。否定すべきじゃなかったのに。申し訳なさで、もしょもしょと謝ると浅田が少し笑った。……笑うとこじゃないんだけど?
「ごっ、ごめん、そんなにフォローしてもらえると思わなくて」
「するに決まってるでしょ友達なんだから!浅田いいとこいっぱいあるの知ってるし!」
「ありがとう……」
こっちは浅田に嫌われるのではと、物理の授業全部使って悩んでいたのになにその態度。私の表情に何か察したらしい浅田は、ごめんね、と謝ってきた。謝ってんじゃねーよ!
「もっと怒ってよバカ!」
あまりにあんまりな彼の態度に思わず逆ギレをかました。バシッと彼の腕を叩くと小さく悲鳴をあげられた。もう何なんだお前は!
「ええ……そんなこと言われても……」
「浅田のバカ!いい人すぎ!もう!部活遅刻しろ!」
「そっ、それは困る!」
焦る彼の横を由井君となぜか食パンをくわえた結城君が走り抜けていった。何度も言うが野球部は特に、遅刻に厳しいのである。
「行かなきゃ、あの、ごめん、また明日……!」
「うん、明日も」
律儀に私に挨拶をする浅田に私も片手をあげて返事をする。こういうところが、いいなあと思うよ。やっぱり華はないけど!
「明日も、仲良くしてね!」
私の言葉に少し嬉しそうに笑って頷いた浅田に、私も嬉しくなった。タイミング悪く現れた生徒指導の先生に廊下を走るな!と怒られ悲鳴をあげる浅田の背中に笑いがこみあげる。遅刻しないように祈っておいてあげよう。
20171017
ともだち検定準2級