「せーんぱい」

甘えたような猫撫で声に肩を震わせる。嫌な予感。途端にギクリと動きを鈍らせた私に隣に並んでいた霧野君が苦い笑みを浮かべる。
背中に大きな衝撃を受けて、その予感は確信へと変わる。首に手が回されて、ゾワワワと全身に鳥肌がたつ。

「か、狩谷君…」
「何してるんですか、霧野先輩と」
「委員会だよ…」
「狩谷、困ってるから離してやれ」
「先輩に関係無いんですけど」

私の首に腕を絡ませて肩に顔を乗せる狩谷君にひたすら顔を青くさせる私を見て、霧野君が一言いってくれたが彼は軽く一蹴してみせた。部活の先輩に対してそんな言い方は無いんじゃないかと思ったけれど、霧野君は何時ものこととまるで怒る様子も無い。

「先輩ひどいじゃないですか、俺というものがありながら霧野先輩と浮気なんて」
「わたし、狩谷君と付き合ってな…」
「は?」
「ひゃあ!」

否定の言葉を口にすれば首筋に爪を立てられた。か、狩谷君こわい…。苦笑していた霧野君は狩谷君に睨まれたのか、気まずそうに私に手を振って背中を向けた。私を見捨てるのね、霧野君!

「ひゃあ、だって。先輩えっろーい」
「は、離してっ」
「先輩は俺が離すと思うんですか?」
「おもわないけど…」

廊下のど真ん中で何をやってるんだろう。狩谷君は後輩なのに…私情けない…。霧野君の背中はすぐに見えなくなって、完全に見捨てられたことを理解した。こんな絡まれ方をしている自分を見られたくないという気持ちと助けて欲しいという気持ちの葛藤が生まれる。どうしよう…。

「先輩ほんと霧野先輩のこと好きっすよね」
「すき?」
「いっつも一緒にいるし…」
「…」

狩谷君が耳元で喋るからくすぐったい。それに言っていることも、何だかくすぐったい。霧野君とは、そりゃあ同じクラスで隣の席で委員会も同じだから、仲が良いけれど、霧野君は私より神童君の方がよっぽど好きなんじゃないかな…いや、変な意味じゃなくてね?頭の中でそんなことをぐるぐる考えたけれど、結局それらが私の口から飛び出すことは無かった。

「霧野君は、友達だから」
「じゃあ俺は?」
「…こうはい?」
「やだ」
「そ、そんなこと言われても」
「もう俺、後輩じゃ満足できないし」

狩谷君の体が一旦離れる。すぐに両腕を掴まれてクルリと体を半回転させられる。狩谷君の登場からずっと体が固まった状態の私はされるがままに体勢を変えられてしまった。

「もっと意識してくんないと」
「!?」

私より少し大きいくらいの狩谷君の顔が近付いてくる。これは、世間一般で言う、ちゅ、ちゅーみたいな?そういう感じのあれととらえた方がいいのかな!?どうしたらいいか解らなくて、とりあえずぎゅっと目をつぶった。

「…先輩バカなの?」
「はっ、えっ?」
「目とかつぶられると、寸止めじゃきかなくなるんだけど」
「寸止め…」
「ま、もう遅いけど」

狩谷君の言葉に固くつぶっていた目を開くと、困惑するような顔の狩谷君がいて、でもその顔はすぐにいつもの意地悪そうなものになって。あっ、抵抗すればよかったのか…。焦りすぎて思考すらまともに働いていなかった自分に呆れる。
しかしそれを反省する間もなく、また狩谷君の顔が近付いてきた。今度は目をつぶる暇さえ与えられずに唇に唇を押し付けられた。

「はやく俺のになってよ、せんぱい」



20130309
戴きますあなたのハート