!このシリーズのその後
かちこちと時間を刻む音がやけに大きく聞こえる。見慣れたはずのペンギンのぬいぐるみに鋭い視線を向けられてる気がして、若干背筋が伸びる。
「いいですか。まず移項します。これをこっち、これはこっち、それもこっちです」
「……」
「そうですそんな感じです。そしたら、式を整理しましょう。xはxと。yはyとです」
くどくどと一から百まで例題の解き方を説明する。降谷君は地頭は悪くない。授業中寝ているため、いまいち勉強についていけていないだけだ。やればできる子なのである。
「あの」
「はい、降谷君」
「眠い」
「がんばりましょう」
来週、学生の敵と名高い定期テストが行われる。
実は降谷君は赤点をとった過去があり、今回はその対策のために勉強会が開かれた。勉強会といっても私と降谷君の二人だけ。二人きりなのである。
なんと、彼を自室に招いてしまったのだった!我ながらかなり大胆なことをしたと思う。誘うとき、かなり勇気が必要だった(ちなみに、緊張して噛み噛みだった私の誘いを、降谷君はびっくりするほどすんなり承諾した)。
「もう少しやったら休憩にしますから」
「……」
「だからあとちょっとがんばりましょう?ね?」
今にも夢の世界に旅立ちそうな降谷君を励ます。好意を寄せている人を自室に招いているわけなので、私は内心バクバクである。一方、降谷君はいつも通りマイペースなので、格の違いを知る。私のこと好きって言ってたのに、全然緊張している様子がない。降谷君はすごい。
「……うん」
小湊君は『君にいいカッコしたくてがんばるはずだから』という言葉とともに、空白だらけのテキストを抱えた降谷君(どこか悲しげ)を私の前に置いていった。どうやら、勉強を見てもらっているのに居眠りを繰り返す降谷君の態度が、他の野球部員の逆鱗に触れ、匙を投げられてしまったらしい。
「この調子なら赤点回避、いえ平均点以上だって夢じゃないですよ!」
「平均点……」
「暗記科目は高得点だって狙えます!」
「そこまで求めてない」
「えー」
小湊君の
言うとおり、私の前ではちょっとだけ頑張ってくれてるのか、降谷君の学習具合は順調である。たまに鼻ちょうちんは出てるけど、まあ想定の範囲内だ。このままいけば、どの教科も問題なく赤点のハードルをクリアできるだろう。
「……あ、解けた」
「見せてください!」
「……」
「おお、いい感じです。ふんふん」
「……休憩?」
「はい!」
休憩がよっぽど恋しかったらしい。嬉しそうなほくほくとした顔がかわいくて、思わず笑顔になった。
→ → → ←
「(いい休日だ……)」
お茶を淹れてきます、と部屋を出る。私の部屋に、二人きり。最近ますます女の子に黄色い声で騒がれている降谷君を休日にひとりじめ。なんて贅沢なんだ。バチが当たりそう。うれしい。お休みの日も一緒にいられるなんて。ほんと、匙投げてくれてありがとう……野球部の方々……。
「(なんとかして撫でたりしてもらえないかなあ……)」
今日は勉強という名目なのだから、そんなこと言うのはダメかな。でも、せっかく誰にも邪魔されない場所で二人きりだし……。
お願いしたらしてくれるだろうけど、言い出すのちょっと恥ずかしいな。でもせっかくの機会だし、どうしよう。言っちゃおうかな。でもなあ。
「……いけないいけない」
お湯が沸騰したことを伝えるやかんの音で現実に引き戻される。あくまで目的は勉強なのだ。浮かれすぎてはいけない。気をしっかり持たねば。
← ↑ ← ↓
とかなんとか考えてたのに、気付いたら、ベッドに押し倒されてました。
淹れたお茶からはまだ湯気が立ち上っている。なぜか私の顔の横には降谷君の両手がある。
「なぜこんなことに!」
「……」
バクバクと破裂しそうな心臓を押さえるように、胸の前で手をクロスする。端整なお顔が近くにあって、とても心臓に悪い。
「先輩が、」
「せんぱい?」
「女子が男を部屋にいれるのはOKのサインだって」
一体何に対してのOKなのか。説明してほしいような、ほしくないような、そんな微妙な気持ちになる。そりゃまあ私は降谷君になら大体何をされてもOKではあるけれど!でもでも!
「ごめん」
「……」
「嫌だった?」
いつも許可なしに撫で回してくるくせに、なぜ今日はそんなしんなりした感じを醸し出すのか。ずるい。そんな顔されたら何でもかんでも許したくなる。
「いやじゃないです」
「……」
諦めてそう言うと、頬に腕が伸びてくる。この人、私のほっぺ触るの好きだなあ。むにむにと触られて、くすぐったい。私も撫でてほしいとか、思ってたし。嫌なわけがない。
そのうち、片方の手がふとももを撫で出す。なんかえっちな感じがして、ドキドキするなあ。
「触られるの好き?」
大人しく触られているとそんなふうに言われた。恥ずかしくて顔から火が出るかと思った。
「嬉しそうな顔するから」
「そっそんな顔してました!?」
してたしてたと降谷君が真顔で頷く。恥ずかしい。どんな顔してるんだろう……変な顔じゃないといいんだけど……。あとスカートの中でもぞもぞ動いてる彼の手も恥ずかしいんですけど、どうしたら止まってくれるのだろうか。
「えっとですね、この場合は……」
「……」
「触られるのが好きというよりは、」
「……」
「触ってくれてる人が好き……みたいな」
恥ずかしくって頬を両手でおさえる。ちょ、ちょっと大胆だったかな?そっと目を彼の顔に向けると、こころなしかほっぺたが赤い。鼻息も荒い。わあ。
「煽るの、上手だね」
「そ、んなつもりは……」
私だって、素直に気持ちを伝えてみたい時だってある。けっして、煽ってるわけではない。……煽ってるわけじゃないけど、まあ満更でもない。好きだから、触られると嬉しいし、もっともっとほしくなる。動物として、その辺の本能には勝てない。
「ちゃんと、勉強もしてください、ね?」
「……」
すいっと視線がそらされる。ああ、小湊君に謝る準備、しておこう……。
20170323
鳥獣飼いの基本