悪いのは自分なのに、なぜか怒ってしまうことってあるよね。
今まさに私がその状況だった。
「はあ……?」
廊下を歩いていて、普通に歩いていて、自分の右足に、左足が突っかかって、転んだ。意味が分からなくてつい青筋が浮かぶ。何もない廊下で転んだんだけど?高校生にもなって転んだんだけど?転ぶときべちんってすごい音したんだけど?
「ブッ」
「は?」
「あ、ごめん!」
「何見てんの?何笑ってんの?は?」
ていうか知り合いにそれ見られてたんですけど。恥ずかしいを通り越して怒りしか湧いてこない。何笑ってんだ瀬戸。ごめんって何だ瀬戸。おい瀬戸。
「自分で転んでおいてキレてる……」
「ああん?」
「しかもめっちゃガラ悪ぃ……なにそ、ぶふっ、んんんんごほっ」
「咳払いで誤魔化せてないから」
「ぶははははは!あっはははは!」
「開き直んな」
最初のうちは誤魔化していた瀬戸も、次第に我慢できなくなり、普通に笑いだした。しかも爆笑。何なの?女子が廊下でずっこけたのがそんなに面白いの?何なの?は?
ぶつけたおでこと、すりむいた膝が痛くてピクリとも口角が上がらない私は青筋を浮かべたまま瀬戸を見つめる。お前マジで許さねえからな。
「何で自分で転んでキレてんだよ、面白すぎ!」
「殺したい……」
「ごめんって、でもマジでお前面白いから胸張って生きろよ」
「殺したい……」
うんうんと頷く瀬戸に殺意を抱きながらよろよろと立ち上がる。なんで目撃されたのが瀬戸なんだよ。神。おい聞いてんのか神このやろう。せめて瀬戸と一緒にいることの多いあのイケメンにしてほしかった。アイツはアイツで目が死んでるから素通りされたかもしれないけど。いやむしろ素通りされたほうが反応的にはありがたかったかもしれない。
「うわ、いたそー……保健室行くだろ?」
「行かないという選択肢があるように見えるか?」
「ごめんごめん」
「一生許さない」
「ごめんって」
膝を擦りむくだけじゃなく、足首までやっちゃったのか、うまく歩けずにふらふらと壁にぶつかった。……何もないところで転んだだけなのに、こんなに重傷を負うなんて……情けない……自分に腹が立つ……。
「ん、ちょっとごめんな」
自分のふがいなさを噛み締めていると、肩に手が回った。は?
「上手く歩けないんだろ?手ぇ貸すから」
「いや、は?近いんだけど」
「光舟じゃなくてごめんな……」
「んなこと誰も言ってねえだろ。近いっつってんの」
「なんならおぶるけど」
「瀬戸お前すごいな」
私の言葉をスルーする力も、女子に何のためらないもなく触れてくるその度胸も。
「笑っちゃったしな、お詫びお詫び」
「……」
「げっ、またキレてる?」
「……」
「……」
「……足が痛い。おんぶしろ」
「任して」
瀬戸は着ていたカーディガンを脱いで、私に渡してくれた。腰に巻いて、と言われて、スカートに配慮されてることに気付く。瀬戸お前……めっちゃ気の使える男じゃねえか……。
言われたとおりにして、しゃがんだクラスメイトにまたがる。男子におんぶされている。悪くない気分だ。
「軽い?」
「羽のように軽いデス」
「女の子みんなにそれ言ってんじゃないだろうな」
「何もねー廊下で転ぶ女子見たのも初めてだわ」
「悪口か?あ?」
「100パー自分のせいなのにキレて地面に、は?って。は?って」
またけらけら笑ってるのが気にくわなかったので、親指で思いっきりつむじを押してやった。くらえ、ゲリツボ!
「やめて!ハゲたらどうするよ!?」
「そんな変わんないから心配しなくても大丈夫」
「変わるわ!つーか彼氏がハゲてたらやじゃね!?」
「べっつに、どっちでもいい」
つむじを押されたらハゲるなんて迷信だし、いやゲリツボも似たようなもんだけど。
でも彼氏はかっこいいほうがいいだろ、とかまだ喚いている瀬戸はうるさい。別にハゲててもゲリでも、瀬戸は瀬戸だし、私のクラスメイト兼彼氏であることに変わりはない。
「なあ、ハゲたら光舟に嫌われるかな」
「知らねーよ、お前にとって奥村は何なんだよ彼女か?」
「いやいや、彼女はあなた様です」
「彼女様がコケてるとこ見て大爆笑して嫌われることを恐れろよ」
「コケてるとこっていうか、コケて更にキレてるところがウケたんだよな、どっちかっていうと」
「聞いてねえんだよそんなことは」
お前の彼女は奥村か。あと、女子になんか言われるたび「光舟じゃなくてごめんな……」っていう自虐ネタまじやめろ。それが私以外の女子にウケてるからやるんだろうけど、私は瀬戸があのイケメンじゃなくて残念だったことないし。何が面白いのかわかんないし。
「ほい、保健室到着っと」
何て考えてるうちに到着したらしい。保健室の前で背中からおろされる。あっという間だった。
「じゃあ、ちゃんと治療されてこいよ」
「分かってるし」
「あれ?またキレてる」
「キレてないっすよ」
「なぜ長州……」
ふん、と奴に背中を向けて、保健室の扉に手をかける。困ったみたいな笑い声と一緒にぽんぽんと頭を撫でられた。
「面白いのはいいけどさ、あんまりボーッとすんなよ。心配するから」
「……」
「あれ〜〜無視〜〜」
無言で保健室の扉を開けて、中にはいる。後ろは少しも振り返らなかった。
「あら?どうしたの?熱?」
「怪我です」
「あ、本当」
あの男。いきなり頭ポンポンするなよ。突然の彼氏面なんなの。ほんとなんなの。真っ赤になった顔のせいで保健室の先生に誤解されたじゃないか。


20161109
「(今のちょっと彼氏っぽかったな……ていうかおぶったときに太もも触ってしまった……スゲー罪悪感……うんでも悪くなかった……)」
「?、タク、どこ行ってたんだ」
「ちょっとそこまで〜〜」