「もしかすると私は臼井くんに嫌がらせを受けているのかもしれない」
水樹くんは一瞬顔をあげて、それからまた興味無さそうに私から顔を背けた。
「それは残念な話だ」
「ちゃんと聞いてよ!」
「今は忙しいから今度でいいか」
図書室で上の方にある本を取ろうとしていたら、まったく別の本をいい笑顔で取ってくれてそのまま去っていったり。私が目を離した隙に蓋を開けていない炭酸のジュースを軽く振られたり。落としたテストの答案を背中に貼り付けられたり(気づかずにそのまま校内を練り歩いてしまった)。
「今まで気付かなかったけど、これって嫌がらせなんじゃ?」
「今まで気付いてなかったのか」
「うん……」
「鈍いな」
「水樹くんには言われたくない……」
臼井くんはとても爽やかである。私と接するときも、とてもいい人そうな笑顔と柔らかい物腰で接してくれる。その爽やかさの影に隠れて気付かなかったけど、やっぱりあれは嫌がらせだったらしい。
「どうして彼は私に地味な嫌がらせをするの?」
「……本人に聞けば?」
水樹くんの提案に私はもっともだと頷いた。


▽▲

「臼井くん臼井くん」
「ん?何?」
「私に恨みとかある?」
「ないけど……何で?」
「いや、どうやら、私に、意地悪をしてるみたいだから……」
彼がおかしそうに、声をあげて笑う。やっぱり爽やかである。
昼休み、廊下で窓に寄りかかってサッカー部のわちゃわちゃを眺めていた臼井くんの近くに寄っていって話しかけてみる。パックのお茶を飲む姿も様になっていて、さすがだ。
「な、なんで笑うの?」
「やっと気付いたのかと思って」
「……やっぱり意図的に私に嫌がらせを……」
私の貸した辞書にクオリティの低いパラパラ漫画書いたり、辞書のお礼と言ってやたら辛い罰ゲームみたいな飴をくれたりしたのもやっぱり意図的な嫌がらせだったんだ……。
「反応が可愛いから、つい」
「そんな理由で……」
「立派な理由だろ?」
いや、そんな理由で地味な嫌がらせを食らうこっちはたまったものじゃない。
「察しの通り、居眠りしてる隙に泣きぼくろを書いたり、体育の時間に隙を見て何度も靴紐をほどいたのも俺だよ」
「え……あれも臼井くんだったの?」
どうりで、やたら靴紐がほどける日があると思った……。というか、まだ私の気付いてない地味な嫌がらせが出てきそうで怖くなる。
「や、やめてよ。靴紐何度も結び直すの面倒なんだよ……」
「全然気付かないから面白くて」
「気付かなかったら嫌がらせしていいってわけじゃないと思う」
「そうだな」
「あ、認めるんだ……」
「でも隙がある方も悪いと思わないか?」
「えっ」
「隙がなかったら嫌がらせもされないし……ていうか、そもそも隙だらけだからちょっかい出したくなるんだけど」
「そ、そうなの?」
じゃあ私が隙だらけなのも悪い?もっと気を引きしめて生きた方がいい?でも、今だって別にボーッと生きてるわけではない。どうしたらいいのだろうか。
「おまけに騙されやすい」
流し目で見つめられて、ついドキッとする。彼の流し目は心臓に悪い。臼井くんは自分の容姿のよさを分かっていて、こういう顔をしている気がして、ずるいと思った。
「そうかも……」
「あ、自覚あるんだ」
「臼井くんが言うと、全部本当に聞こえる」
しゃべり方とか、トーンとか、表情とか、臼井くんはそれらを作るのが上手である。おまけに容姿も整っていらっしゃる。臼井雄太というだけで説得力があるのだ。
「へえ?」
「……」
「それはいいことを聞いた」
臼井くんが楽しそうに笑う。何で楽しそうなのかは分からないけど、また私に嫌がらせをする気なのだろうと思った。エスカレートしたら、サッカー部の顧問の先生に相談してやろう……水樹くんも巻き込んで。
「俺、気になってる子の困ってる顔見るのが好きなんだ」
「え、」
それは、どういう。驚いて固まっていると、臼井くんがにこっと笑って飲んでいたパックのお茶を渡してきた。何これいらないし……ていうか空だし……ゴミだし……。
「臼井くん……」
「それ持ってかえっていいよ」
「いやいらないよ……」
「じゃあ捨てておいてくれ」
よろしく、と、ぽんと背中を叩かれた。そして爽やかに去っていく臼井くん。何なんだ……あの人は一体……。

▲▽


「臼井くんはよく分からない」
「そうか」
「よく分からなくて、頭がごちゃごちゃになった……これも臼井くんの嫌がらせの一つなのかもしれない……」
「……そうか」
例によってまた水樹くんに相談しに来た。さっきの意味深な言葉も、嫌がらせのひとつなのだろうか。そうかもしれない。きっとそうなんだろうな。私が臼井君の言葉はぜんぶ本当に聞こえるなんてアホなことを言ったから、わざと本当か嘘か分からないことを言ったのだろう。
水樹くんはまた聞いてるのか聞いてないのか、それとも一ミリも興味がないかのような顔で私の背中を指で示した。
「背中に何かついてるぞ」
「え?」
えっまたテストの答案?水樹くんに、何がついてる?取ってくれない?とお願いするが、彼はなぜか首を振る。どうして。まさか、水樹くんまで私に嫌がらせを……?
「売約済みだそうだ」
「?」

20160916
たぶんもうすぐ触れる36度