「百円貸〜〜して」
「や〜〜だ」
にっこり、と最高の作り笑いを浮かべて手を差し出してきた彼女の手を最高の作り笑いを浮かべて叩き落とす。
「百円くらい貸せよ、お前私が可愛くないのか」
「先週貸した300円返してから言え」
「は?その前にお前が財布忘れてお昼代500円貸したの忘れたの?」
「いやそれ返したろ」
「返してない」
「いーや返したね絶対返した」
「絶対返してない」
「テメーらあとでこじれっから金の貸し借りすんのヤメロっつったろ!!」
貸した貸さない返した返してないで小競り合いが発生したところに、遠くから倉持が怒鳴る。いつものことだ。分かってはいても、俺は彼女を頼ってしまうし、彼女も俺を頼る。そして揉める。
「じゃあ貸さんでいい。ジュースおごって」
「普通に嫌なんですけど」
「テメーこの前のデート三時間遅刻したこと忘れたのか」
「慎んで奢らせていただきます」
デートで三時間遅刻した。しかも半年ぶりのデート。これは前日の夜、長澤ちゃんのDVDを観ていた俺が悪い。さすがに反省する。
「見ろこれ、お前が三時間も待たせるからえらい蚊に食われたんだぞ」
「分かったから靴下さげんなスカートまくんな」
「まだかゆい」
「かくな」
痕残ったら、申し訳なくなるから。ていうかもったいない。色々と。
自販機行くか、と腰をあげるとぴこぴことついてくる。おもちゃか。
「お前その歩き方どうにかしたほうがいいぞ」
「どこが変なのか分かんないんだけど」
「今度ビデオ撮ってやるよ」
カワイイ彼女を引き連れて自販機に向かう。うしろで、一階の自販機がいいと声が飛んでくる。
「俺は上の自販機のコーヒーが飲みてえの」
「私は下の自販機のピーチティーがいいの」
そしてまた揉める。無理やり階段を上ろうとしたら腰にしがみつかれて引き留められる。こういうときだけは熱烈なんだよな〜〜。
「とーまーれーよー」
「とまりませーん」
「ピーチティー!」
「レモンティーで我慢して」
「ピーチティー!」
わがままを言ってじゃれついてくるこの女はなかなかかわいい。あしらわれてもめげずに、また寄ってくる。犬か。わしゃわしゃ〜〜っと頭を撫でるとびっくりしたのか腰に回ってた手が離れる。そのすきに全力で階段を上る。
「あっ!ずる!」
「はっはっは〜〜!」
「高笑いしながら置いてくな!」
俺を追いかけて彼女も全力で階段を上ってくる。廊下は走るべからず。校内で鬼ごっこをするべからず。そんな貼り紙を見て見ぬふりしながら二段飛ばしで階段を上る。うしろから短い足でちょこちょこ階段を上ってくる音がする。コーギー。いや、ミニチュアダックスフンド?なんにせよかわいいかわいい。
「あっ倉持はね、コーヒー牛乳だって」
「何で俺が倉持の分までおごらなきゃなんねーの?」
「知らないけどLINEきたから」
「二割増しで請求だな」
「せこっ!」
けたけたけた、と人形みたいに笑う女に俺の口の端も上がる。そういうとこが結構イイ。たとえば、半年ぶりのデートで三時間遅刻してもジュース一本で許してくれるとこ。たとえば、笑うときは歯を見せて顔をくしゃくしゃにするとこ。たとえば、俺のことが大好きで、構ってやると犬みたいに尻尾振って喜ぶとこ。
「次のデートどこ行く?」
「えーそれ何年後の話?」
「そんなかかんねーよ多分」
「デートの約束してもどっかの誰かさん寝坊するし」
「それはほんとごめん」
「どうせ長澤なんとかのエッチなDVDとか観てたんでしょ」
「いや長澤ちゃんのやつはエッチじゃねーよ、そんなに」
「水着はエッチなのに含まれるよ」
「グラビアはエッチとかじゃないだろ」
「いやいや」
「いやいやいや」
自販機の前でまた揉めてると、彼女のスマホがぽこんと音をたてる。
「倉持だ」
「何だって?」
「はよ帰ってこい〜〜ってさ」
「はっはっはっ」
20160826
あまやかす=あまやかされる