「私諏訪さんが好きなんです」
真顔の風間さんの拍手(まばら)と、真顔の木崎さんのとりあえず座れ、というジェスチャーで私は食卓にまたすとんと座る。
勢いよく立って、告白してみた。食事中に。
告白した私はけっこう、心臓がドキドキしてるのだけど、告白された諏訪さんは真顔でカツカレー(風間さんのリクエスト)を食べていた。木崎さんの作った特製カレー。たまこまの味。
「……好きなんですけど」
「聞こえてるっつの」
「聞こえてて無視したんですか?ひどくないですか」
ひどいと思います。スプーン片手に睨み上げても、私の思い人の顔は変わらず。
「ひどいな」
「ああ、ひどい」
ただ、風間さんと木崎さんが同調してくれた。
「お前ら他人事だと思ってんな……」
私の本気の告白は、無視された。よくあることである。かれこれ78回目の告白とカツカレー。カツカレーは、美味しい。
▼▼▼
「うっし、帰るぞ」
「解散か」
「俺コイツ送ってくから、お前ら先帰れ」
「ちゃんと送ってやれよ」
「わーってるわ」
じゃあまたな、と風間さんが手を振って、木崎さんが私の頭をぽんと撫でる。諏訪さんはいつも送っていってくれる。そういうところが、好き。
「まだ昼間だから平気だよ」
「バッカ、変質者は昼間でもでんだよ」
つーかもう夕方じゃねえか。一番変質者出る時間だろが。だって。
「かえろ、諏訪さん」
「おう」
タバコをくわえる諏訪さんを眺める。女の子の前であんまりすぱすぱ吸うとモテないよ。うるせー。そんないつもみたいな会話をする。モテなくていいよ。私がいるよ。とは、言わない。夕焼けの赤い光のなかで見る諏訪さんは、いつもより男の人みたいだった。
▲▲▲
「諏訪さん」
「んー」
「好きだよ」
「おうよ」
「……冗談じゃないよ」
「さいですか」
「私、本気だよ」
いつも、そうやって、流すの。タバコの煙が宙をくゆる。つきそうでまだつかない街頭。すこし赤みのある雲と、タバコのその煙が、目に染みる。心に染みる。歩くほどにオレンジになっていく三門市の夕暮れ。ここは、存外きれいな町なのである。
言っても伝わらないから、かわされちゃうから、私は今度は念じてみた。目には見えないけどそこにある電波みたいな、そんなものを、私も発することができたら、そうしたら、諏訪さんにつたわるのだろうか。
「今度はナニ不細工な顔してんだよ」
「えっ不細工だった?」
「だいぶな」
「諏訪さんにテレパシーで告白してたんですけど」
「残念ながら受信してねえわ」
「そっかあ……」
諏訪さんがにっと笑う。からかうみたいな、バカにするみたいな、意地悪な笑い方で、私をこけにする。ひどい大人だ。いたいけな少女の気持ちをもてあそんで。
隣を歩いてるつもりでも、気付いたら、諏訪さんは私の数歩前を歩いてる。隣なようで、隣じゃない。その距離感が、私はちょっと、切ない。
「どうしたら好きだって伝わるかな」
「さあなあ」
「諏訪さんがそんなふらふらぐらぐらな態度なのは、私が、好きじゃないからですか?」
たんに好みじゃない?それとも、年下は嫌い?ていうか私、面倒くさい?
諏訪さんの、諏訪さんみたいなよれよれのシャツをつかむ。止まってよ。待ってよ。ちゃんと、聞いてよ。いつも私の隣で、どこ見てるの。
「好きです」
いつもそれだな、ってみんなに言われる。諏訪さんにも言われる。だって、だってね、私、この気持ちを表す言葉を、これしか知らない。オレンジの町と、紫の煙と、私の恋の赤と。告白する私と、告白される諏訪さん。まるで世界に二人だけになったみたいだ(遠くで、犬は鳴いてるけど……)。
「あー……」
「ごめんなさい、私子どもだよね」
「……」
「子どもだから、どうしたらいいかわかんないや」
どうしたら、大人の諏訪さんが私の気持ち、受け取ってくれるのか。せめて、流すのはやめてほしい。本気にしてほしい。
だけど、困らせたいわけでもない。すきだから、分かってほしい。好きだから、伝えたい。好きだから、困らせたくない。
「かえろ、諏訪さん」
「……おう」
好きだけど、私のものになってほしいとか、そんなこと、私全然思ってないよ。付き合ってほしいとか、あんまり、……ちょっとしか思ってない。ただ、ただね、私の好きに気付いて、受け止めて、バカだなお前はって笑ってくれたらそれでいい。私子どもだし、諏訪さんの理想のEカップにはほど遠いし。だから、だから。
「見て、諏訪さん。あの雲、きどしれいみたい」
「どれだよ」
「あれだよ、あれ」
「わかんね、お前どんな目してんだよ」
「諏訪さんこそ三白眼こじらせて視力失ってない?」
「こじらせてねーし失なってねえわ」
独特な声で笑う諏訪さんを横目に見上げて私も笑う。頭のなかで好きだよって電波を送った。こっち見てよ。笑っててよ。好きだよ。
「好きだよーーー」
「お前こりねえなあ」
「他に言葉が見つからない」
「勉強が足りてねえな」
「ですね」
ヒールをはいたって、制服を脱いだって、諏訪さんはそんな見てくれに騙されるような大人じゃないから、意味ない。背伸びするくらいで振り向いてくれるようなお手軽な人を、好きになったわけじゃない。そんな、意外に真面目で紳士で誠実な諏訪さんだから、好きになったのだ。
「あの星は諏訪さん星ね」
「人を勝手に星にすんな」
「あはは」
「笑うな」
そうっと手を伸ばして、ずるい大人の指先に触れる。そのまま、ちょっとだけ握ってやる。振りほどかれはしないものの、握り返してくれることはない。知ってる。
握ってほしいな、とか、抱き締めてほしいな、とか、それはもちろん思うけど。まずは、私の気持ち、信じてもらうところからだ。道のりは長い。がんばれ、わたし。念じながら私はまた、シンプルな愛の言葉を口にする。
「諏訪さん」
「あんだよ」
「好きだよ」
「しつけーよ」
20160814
アイラビュ