「見てるだけで幸せとか、気持ち悪い」
「し、辛辣」
トゲトゲした、サボテンのような言葉が投げつけられる。こういうのは、小湊君の短所のひとつであると思う。本人は『俺って不器用だから……』と言っていたけど、相手が困っているのを見て、楽しんでいる節は確実にあると思う。
野球部はもれなくみんなゴリラみたいなものだ。しかし、小湊君の場合は、子猫の皮をかぶったゴリラであるからたちが悪い。ちなみに性格も悪い。
「はやくコクって玉砕されてきなよ」
ほら。
「玉砕されるの分かってて告白する奴なんかいないよ」
「ここでうだうだするくらいなら、いっそフラれた方がいいと思うけどね」
「……」
「俺は」
「……小湊君はジャングルの王者だから、そういうふうに思えるんだよ」
「ジャングルの王者?」
好きな人がいる。見てるだけで幸せだと思えるくらい、きれいな人。私とじゃ釣り合わないのは目に見えてて、だけど、諦めることもできなくて。どうしようもない思いが赤血球のごとく体を巡ってしまっている。そのせいか、なんだか最近節々が痛い。と言うと、ババアかよと返ってきた。ひどい。
「骨は拾ってあげるって。純が」
「伊佐敷君が……」
あの、あそこで女子と少女漫画の話をしてるこわもてのゴリラ……いや伊佐敷君が……。
「いやいや、しないよ告白は」
「しろよ」
「私は小湊君みたいな度胸ないもん」
「俺だって度胸があるわけじゃないけど」
「そうなの?」
「でもお前ははやくコクってフラれた方がいい」
「もしかして小湊君、私の不幸を願ってる?」
はやくコクってフラれろなんて、ひどくないですか?とうの小湊君は肯定とも否定とも取れるような笑みを浮かべる。曖昧な笑み。……悪魔の微笑み……。


小湊君が私の不幸を願ってたからかなんなのか、私は不幸にも、私の好きな人が他の女の子とキスしている場面に立ち会ってしまう。
えっ、こんなことってある?
「えっ……マジか」
「だから早くコクれってあれほど言ったろ」
「えええ……」
小湊君と共に。図書室の掃除を任された今日の日直である私と小湊君の二人は、掃除現場でその光景を目にする。今日の占いは、たしか、私六位だったはず。よくもなく、悪くもなく。ちょうど真ん中。真ん中の運勢でこれ?マジで?
「あーもうあの局の朝のニュース見るのやめよ。占いクッソあたんない」
「占いのせいにするなよ」
小湊君は、相変わらず歯に衣を着せない。素っ裸である。
「あーあ、失恋だね」
「失恋して数秒しか経ってない私にかける言葉がそれ?鬼なの?」
「どんまいどんまい」
「かるっ……」
図書室の隅っこで箒片手にひそひそはなす私たちは間違いなく、この部屋のお邪魔虫で。たぶん、あそこでロマンチックなキスを交わす二人が主人公とヒロイン。ヒロインはおろか、当て馬にすらなれなかった私は、クラスメイトの男子からチョップを食らっている。現実は、非情なり。
「アイツら舌入れてるよ、あーあ」
「実況すんのやめてよ」
「あーあ」
「そのあーあっていうのもやめてよ」
「あーあ」
傷付くわ〜〜……。
「ま、フラれるのは目に見えてたし。よかったじゃん傷が浅くすんで」
「全然浅くないんですけど〜〜……」
ぐすん、鼻をすする。こんな私ですが、意外と乙女でかわいい一面もあるのだ。たとえば、失恋くらいで泣いちゃうような、女の子らしさとか。小湊君はまた熱烈なキスを繰り返す二人を見て、あーあとこぼした。やめてって言ってるのに……。
「ブサイク」
「……」
「泣いてんの?情けない」
「なんでそんなたのしそうなの」
「え、楽しそうに見える?」
「超見える……おに……」
人が失恋して泣いてるのになんでこんな楽しそうなの。ひどすぎる。哀れみの心というやつはないのか。いやまあ小湊君に哀れまれたらもともと細い心がぽきっと折れそうだけど。
彼の意外と太い指が、私の前髪をどかす。泣いてる女の子の顔をよく見ようとするのは、やめた方がいいと思う。デリカシーというものがないのだろうか。
「だから言ったろ、はやくコクれって」
あくまに、にこやかに。悪魔みたいな彼が笑う。
細められた目が射抜くように私を見つめていた。弧を描く口も、目も、とても意地悪そうで、こんな表情が似合うのは、彼くらいのものだと思ってしまった。誉めてはいない。
「言った、けど……」
「ほんと、男を見る目もないし、タイミングも悪い女だよね」
「ひどい」
「……だから、俺みたいなのに好かれるんだよ」
どういう意味だろう。すいっと、小湊君の親指が私の下唇をなぞる。やらしい、動作だと思った。
「慰めてやる」
「い、いらない」
「遠慮しなくていいよ」
「してないよ」
「どろっどろになるくらい優しくしてやるから」
「いらないってば!」
小湊君の優しさってなんか、怖いし。その笑みも怖いし。あとなんかえろいし。怖いし。
「受けとれよ」
有無を言わさない笑顔で、制服の胸ぐらを掴まれる。優しくする気なんてないだろ、この人!すごい胸ぐら掴んできてるし!
にこーっと笑った小湊君がぐんっと近付いてきて、無理矢理唇を奪われる。
いらないって、言ったのに。押し売りもいいところだ。
「な、なに……」
「だから、忘れさせてやるっつってんの」
「いや、ほんと、そういうの、大丈夫だから」
「お前の意思なんて聞いてないよ」
「え……」
なぜ、私のことなのに、私の意思は聞かれてないの。普通は考慮されると思うんだけど。
「お前がフラれるの、ずっと待ってたんだ」
「や、やっぱり私の不幸を願ってたんだ……」
「……じゃないと俺が失恋することになるしね」
「えっ、こみなとくん」
「何?」
「私のこと、好きなの?」
私がフラれないと、小湊君が失恋することになる。つまりは、君は私のことを好きということになる。幼稚園児でもできそうな名推理を口に出す。
小湊君はにんまり笑う。当たってるときの顔なのか、外れてるときの顔なのか。いつも笑ってるから、いまいち分からない。
「どう思う?」
はぐらかすような、はっきり示すような、凛とした声色に眉を寄せる。優しく甘く耳に残る声は、まるで猛毒だ。小湊君によって、失恋という傷口に、毒が塗られていく。
悪魔か鬼か、はたまた子猫の皮をかぶったゴリラか。小湊君は、やさしくやさしく、私の涙で濡れた目元にキスをする。せめて抗議しようと、濡れた唇を開く。
「ひどいやつ」
彼はやっぱり微笑んだ。

20160525
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