小湊君が女の子に大人気だなんて、知らなかった。同じクラスになれたら嬉しくて泣いちゃうような、目が合うだけで顔が真っ赤になっちゃうような、そんな女の子が私以外にもたくさんいるだなんて、全然知らなかった。
唐突に訪れた危機感に私はとぼとぼと足取り重く席につく。覗きに行った小湊君のクラスの様子に私は途方もなく凹んだ。沢村君の騒がしい声だとか、降谷君を囲むクラスメイトの声だとか、そんなのはどうでもよい。
「金丸君!!」
「うおっ、何だお前!どうした」
野球部の人たちとはそこそこ、交流がある。なぜなら私は小湊君のカノジョだから!私が頭を下げに下げて、泣いたり笑ったり無理やり降谷君を協力させたりして、その座を手に入れた。やっと手に入れた。ものすごく大変だった。数学のテストで100点を取るよりも難しいのでは?と諦めかけたこともあった。でも、手に入れたのだ。
「小湊君、髪切ったよね」
「そうだな」
「さっき、見に行った。すごい人気だった」
「そ、そうか」
「もしかして、私、釣り合ってないかな……?」
女の子みたいに可愛くて、だけど誰よりかっこいい。名前のように春っぽい髪とか、案外男らしい手とか、はにかんだ顔とか。涙が出るほどストライクだった。運命の人はこの人だと思うほど、直感的に好きになった。
付き合(ってもら)うまでに、色々して、やらかして、空回りして、たくさん困らせたけど、最終的には赤い顔で「じゃあカノジョになる?」と言ってもらえた。小湊君がすごく好きだ。大好きだ。世界で一番、大好きだ。好きすぎて、振り向いてもらうことに必死で、まるで小湊君に惚れてるのは世界で私だけみたいな感覚だった。
「……釣り合ってないって、そんなの、付き合う前から分かってただろ?」
「うそおー!?」
「春っちはああ見えておモテになるぞ!」
「えー!?」
沢村君が自慢げにそう言う。自分のことじゃないのに、何でそんな自慢げなのかは分からないけど、それは聞き流せない話だ。モテ……モテるの……!?全然知らなかったけど、あり得ない話じゃなかった。私がメロメロになるくらいだから、その他大勢の女の子が好きにはなっちゃってても、ぜんぜんおかしくなかった。も、盲点だった!
「じゃあなんで私と付き合ってくれたの?」
「君があまりにもしつこかったから……」
「降谷君ひどい!」
「君の方がひどい」
小湊君とカレカノになるまでの過程で、だいぶ、降谷君を振り回してしまったから、彼からの私の評価は低い。だって、小湊君と一番一緒にいたの降谷君だったから……いつも巻き込んでごめんとは思っている。
だけど、ひどいひどくないで言ったら、小湊君だってひどい。好きなタイプは聞くたびに変わるし、突然冷たくなったり、かと思うと、急に優しくしてきたり。私(と、降谷君)がどれだけ振り回されてきたか……。いやでもそんなところも好きなんだけど。
「つーか、釣り合うとか、釣り合わないとか、そんな気にすることか?」
「気にするとこでしょうよ」
「好き同士なら何だっていいだろ!」
「よくない!」
「いい!」
「……沢村君には乙女心なんて一生分からないだろうね!」
「何!?少女漫画を愛読するこの沢村栄純に向かって何という……」
「お前らうるせーよ」
お昼になったら、小湊君(With 東条君)が私のクラスに来た。
「えー!私とお昼食べてくれるんじゃないの!?」
「ううん、栄純君たちと食べようと思って来た」
「じゃあ私も混ぜて!」
「あっちで女子と食べなよ」
「ひどっ!ひどくない!?ねえ、金丸君!」
「頼むから俺を巻き込まないでくれ」
カノジョになったからと言って、私の扱いが向上したかと言えば、そんなことはなく。相変わらずの塩対応に涙がちょちょ切れそうだった。迷惑かけないの、と友達に羽交い締めにされて、小湊君から引き離される。ひどい。
付き合ってはもらえたけど、振り向いてはもらえてない。まだまだ私の恋は前途多難である。逆になんでカノジョにしてもらえたのか不思議でさえあるこの状況。
「小湊くーん!もし、私より可愛くて、おしとやかな子に告白されたらどうするー!?」
「そっちと付き合うかな」
「ですよねー!」
どうか、私より可愛くて、おしとやかな女の子が彼を好きになりませんように!
*
*
*
恋どころか、私の行く道ぜんぶ前途多難らしい。ごみ捨てに行ったら、ホースで花壇に水をあげていたおじいちゃんの用務員さんが私に気付かず、そのまま水をぶっかけた。ぶっかけられた。ビックリして、すってんと豪快に転んでしまった。土と水で、あっという間に泥だらけになった。あっという間のこと過ぎて、よく分からなかった。ははは。踏んだり蹴ったりだ。帰りたい。すごくおうちに帰りたい。
「ははははは」
「何笑ってるの!?」
「……ゲッ、小湊君!」
しかもそれを好きな人に見られるという。
「何があったらそんな姿に」
「い、いや、ちょっと色々……ていうか、見ないで!私のダメなところを見ないで!」
「今さら何言ってるの」
用務員のおじいちゃんが申し訳なさそうに駆け寄ってきて、謝ってくる。ははは、大丈夫ですよ。こんなこともあろうかと、ジャージ持ってきてますから。ところで、制服のクリーニング代って学校が出してくれるんですかね?なんて朗らかに言いながら、立ち上がる。びしょびしょのどろどろである。これ教室戻れないな……。
「ごめん、小湊君、教室行って誰かに私のジャージとタオル届けさせてくれない?」
「分かった」
「ごめんね、頼んだよ。……見捨てないでね? 私ジャージなかったらここから動けないからね?」
「僕をなんだと思ってるの」
怒るよ、と言いながら教室に向かってくれた小湊君に手を振る。謝ってくれる用務員さんに大丈夫だから仕事に戻るように言うと、彼は申し訳なさそうにどこかに行ってしまった。……まあ、こんな日もあるさ。うん。
だけど、小湊君には見られたくなかったな。好きな人に、ダメなところばっかり見せてしまってる。がんばればがんばるほど、空回りしちゃって、うまくいかない。せっかく付き合ってもらったけど、フラれるのは時間の問題かも。せめて小湊君が、もう少しモテない男子で、私がもう少しちんちくりんじゃなければなあ……。
「う、うえええええん」
小湊君は女の子からモテるし、私はちんちくりんだし、そのうえ泥だらけだし、転んだときにすりむいた膝が痛いし、もうダメだ。死んでしまう。悲しくて死んでしまう。元気だけが取り柄の私だけど、悲しみという感情が欠落してる訳じゃないから、人並みに悲しむし、落ち込む。どばどばとこぼれ落ちる涙を拭おうとしたけど、手が泥だらけだったために、できなかった。余計に泣けた。
「うわっ、泣いてる……」
……。
「あれ、なんで、こみなとくん」
「なに、僕だとダメなの?」
息を切らして私のところに来たのはさっきジャージの使いとして送り出した私のカレシ様である。てっきり同じクラスの誰かが届けてくれると思ったけど、小湊君が戻ってきてくれたらしい。走ってくれたのか、息を切らしてる。思わず目を丸くする。なんで。
「ほら、タオル持ってきたから。泣かない泣かない」
「うわあああこみなとくんがやさしいいい」
「怒るよ」
「ごめんんんんん」
「……もう、笑顔しか可愛くないんだから、泣かないでよ」
タオルを顔に押し付けられて、小湊君の顔が見えない。いやタオルがなくても、涙が邪魔で見えないかもしれないけど。小湊君は今、どんな顔をしてるんだろう。
笑顔しか可愛くないって、逆に言えば笑顔は可愛いってことですか。私のこと、可愛いって思ってくれてるんですか。
「あと、今日の昼の、あれ何?」
「あれ、とは……」
「言っとくけど、君より可愛くておしとやかな子って、星の数ほどいるからね」
「……はい、すいません」
「その子達より君がいいと思ったから、付き合ったの。それくらい理解してよ」
「……」
「……」
「……ごめん、もう一回言ってもらっていい?」
「言わない!」
タオルをずるりと顔からどかすと、真っ赤な顔の小湊君がいた。長い前髪がないから、ちゃんと顔が見える。
私の無謀な片想いだって言うのは、周知の事実で。きっと私が天秤の上で飛んだり跳ねたりしても、釣り合うことはないのかもしれない。だけど、やっぱり、好きだ。大好き。すっごく、好き。私が他の女の子に負けないところなんて、それくらいしかない。それくらいしかない、そんな私でも大丈夫ですか。
「好き!好き、大好き!」
「ちょっ、汚いんだからくっつかないで!」
「ごめん、でも、あの、好きだよ!本当に好きだから!」
「分かってるよ!」
抱き付こうとしたのは阻止されたけど、私は何度も繰り返し、好きだと言った。たくさん、言わなきゃと思った。好きだと思った。
私の好きが、少しでも多く伝わればいい。
困らせてばかりで、泥だらけで、ちんちくりんのカノジョだけど、好きって気持ちだけは誰にも負けないつもりだから、だから、これからもよろしくね。
20160305
シータスコルピィによろしく