!未来
恋人じゃない女の人に、理由もなく会いたいなんて言うのはおかしいだろうか。僕はじっとケータイ電話の画面を見つめる。恋人じゃないけど、恋人になってほしい人。
食事に誘ってみようか、でも、急にそんなことしたら変だと思われるかも。悶々と考えてしまって、なかなか文章が打てない画面を見つめていると、ぽこんと音をたてて、画面に通知が出た。彼女だった。
「急にごめんね、なんかむしゃくしゃして」
「ううん」
「むしゃくしゃした時は焼き鳥とビールに限るじゃん?」
「そうなの?」
「大人の女はそうなんです」
大人の女というよりはむしろ、おじさんくさいと思ったけれど、わざわざ彼女の機嫌を損ねることは言わない。焼き鳥でも焼き肉でも何でもいい。僕にとっては、この人が自分を誘ってくれたということが何より重要だった。
誘う前に、誘われてしまった食事だけれど、結果的には同じだし。一緒にいられることには変わりない。
「よーし、今日は飲むぞー!」
「今日も、でしょ」
「降谷といると何か酒が進むんだよね」
「……」
「信頼、信頼してるからこそだから!」
なら、まあ、いいけど。
いいとは思ったけど、ここまで泥酔していいとは言ってない。
「でっさあ、そいつがさあ……」
「……」
「きみはいつ結婚するんだー、とか、そんなにがつがつ働いてたら男もできないだろーとか、そういうことばっか……」
「……」
「ほっとけてんだよもう、……あっ、焼酎追加でー!」
「ちょっと、」
「なぁによお」
「飲みすぎ」
ベロンベロンに酔っ払った彼女は店員さんに焼酎を頼んだけれど、僕はそれを断った。こんなに酔った彼女を見たのは初めてだ。相当、『むしゃくしゃした』んだろう。
空のコップを片手にぶつぶつ何か言ってる彼女に水を渡すと、そっぽを向かれてしまった。
「ふるやだって、私のことキツイとおもってるんでしょ……だから彼氏もできないんだっておもってるんでしょ……」
「思ってないけど」
「はい、うそー!」
「嘘じゃないし……」
「うそだもん」
「嘘じゃない」
「じゃあ!今日は朝までずっと付き合ってくれる?」
「えっ……」
「あー!イヤそうな顔した!やっぱうそなんだー!」
わーんと泣き出した彼女に、慌てて周りを見ると、ひそひそされてしまった。僕が泣かせたみたいになってる。いや、そうなのかもしれないけれど。
嫌じゃない。彼女と朝まで一緒にいることが嫌な訳じゃない。けれど、朝までこの調子で飲ませるのも、ダメだと思った。
周りの視線がチクチク突き刺さるのが痛くて、店員さんに会計を頼む。うだうだ言ってる彼女を引っ張って店を出ると、冷たい風が頬を刺した。ちょっと寒い。
「ねえ、寒くない?」
「……さむくはない」
「何で靴脱ぐの?」
「ヒール疲れた」
「危ないよ」
「おんぶして」
「……」
そんな道の真ん中で、大人の女が靴脱いでおんぶを要求するのはどうかと思う。言うことを聞かないとまた泣かれそうだったので、仕方なく彼女の言う通りにおんぶしてあげる。ちゃんと体重が感じられて、ちょっと安心した。あんまり軽すぎると、不安になる。
「帰る?」
「帰らない。二軒目行く」
「行かない」
「行くの!」
「……」
「ムシしないでよ!」
こんな酔っぱらいを連れて二軒目なんて行きたくない。面倒くさいし。彼女の自宅に強制連行しよう。
「なら、ふるやのうちでもいい」
「……ダメ」
「なんで」
「散らかってるから」
「いいよ、べつに。今日はずっと、一緒にいようよお……」
「……」
困る、と漠然と思った。僕のうちで一晩ずっと。こんな風にくっついていたら。我慢できないかもしれない。色々と。
「そばにいてよ、ふるや」
ごくり、生唾を飲んだ。
「汚い」
「散らかってるって言った」
「こんな部屋じゃ女の子呼べないね」
「……」
「ふるやのへや初めてはいった〜〜」
はしゃぐ彼女に困惑しながら、荷物を置く。結局、連れてきてしまった。
ぼすんと早速ベッドに倒れこんだ彼女に、本当にどうしようと、今更なことを思った。
「お風呂入りたい」
「アルコール抜けてからにして」
「……抜きたくない」
そんなにお酒に溺れたい気分なのか。ちょっとびっくりする。彼女は強い人だから。いろんなことに。こんなふうになることは滅多にない。
「ふるや」
「何」
「いっしょにお風呂いこ」
「……」
「おふろ……」
「……ダメ」
「じゃあいっしょに寝よ」
「ダメ」
「じゃあ何ならいいの」
「会話なら……」
「固いこと言うなよおねえちゃん〜〜追加料金払うからさ〜〜」
「おねえちゃんじゃない」
ベットの上でジタバタするから、ほこりがたつ。掃除しとけばよかった。この人が来ると知ってれば、面倒な掃除だって、したのに。
ちょっと頭がおかしくなってる酔っぱらいは僕の枕に顔を埋めている。自分の部屋なのに、やけに居心地が悪くて、困る。
「さみしい」
「……」
「さみしいさみしいさみしい!!うああさみしいいい」
「うるさい」
「静かにするから、代わりにキスして」
「……」
「あ、怒った〜〜」
「いい加減にして」
酔っぱらいの言葉なんかにいちいち動揺しない。だけど、他でもない彼女の言葉だから、やっぱりそれなりに心が揺らいでしまう。緩慢な動作で起き上がった彼女は、おぼつかない足取りで僕のところまで来て、どんっと胸に頭突きをしてきた。シャツの裾が握られる。特になにもしないまま、彼女をただ見ていると、また不満そうに頭突きをされる。何がしたいのか、全然わからない。
「今何考えてる?」
「?」
「答えて」
「……」
「……」
「……君のこと」
正直にそう答えると、彼女がむぎゅっと抱きついてきた。……心臓に悪い。
「私もね、ふるやのこと考えてるよ」
「……」
「全然、分かんないけど……」
それからまたさみしい、さみしい、と呟きだした彼女に本格的に、どうしたものかと困った。むずむずする。体の奥の方が、むずむずする。僕が思ってること、全部伝えたら、彼女はどんな顔をするだろう。喜んでくれるかな。それとも、困るかな。明日の朝、忘れたふりをされるかも。
「いつも、付き合わせてごめんね」
「別に」
「話聞いてくれて……、いつも、ありがと」
「……うん」
「ふるやは黙って聞いてくれるから、呆れたり、笑ったりしないから、つい喋りすぎちゃうよ」
「そう」
いつも、どんなときでも強くてまっすぐな彼女が、僕を頼ってくれるのが、嬉しい。イケメンの先輩でも、仲のいい同期でもなくて、僕を頼ってくれるから。ダメなところを見せてくれるから。安心しきった顔で何でも話してくれるから。
子供みたいにしがみついてくる彼女がやけに可愛くて、やっぱり好きだと思った。
「ふるやがいるから、わたし、がんばれてる」
「……それ、告白?」
「そうだよ、アイの告白。ふるやーーすきだーーー」
「茶化さないで」
「……そうだってば、すきだって、すき。すきだよふるや……」
「えっ、」
「すき」
「……本当?」
「すきだもん、うん、だいすき……」
頷く声が、次第にうにゃうにゃしたものに変わっていって、やがて静かになってしまった。僕のお腹のあたりに顔を押し付けて、規則的な呼吸をしている。……寝た。嘘でしょ、と思った。立ったまま、僕にしがみついたまま、寝てしまったらしい。ふと彼女の寝付きのよさは特技として挙がるほどのものだったことを思い出す。……。
真意を確かめる術を失ってしまったため、仕方なく彼女を抱えあげて、ベッドに運ぶ。今日は僕は床で寝るしかなくなった。……。
「……」
ちょっとだけ泣きながら寝ている彼女の頭を撫でてみる。この人の寂しさが、僕で埋まるなら、そばにいてあげたい。話も聞く。面倒くさくても、あきれないし、笑わない。だから、さっきの「すき」が、本当になればいいのに、なんて。まどろんだ彼女の甘い声が頭から離れなくて、どうにも今夜は眠れそうにない。
20151226
ちょっと待って彗星