!未来

「あわわわわわ」
キッチンからあわあわした声が聞こえたと思ったら、何やらアホがあわあわしているようだった。朝から何やってんだコイツ。
「何してんの」
「……あさごはん」
「うん」
「失敗した」
見事に焦がした卵の乗ったフライパンを見つめながら、ものすごく残念そうに言う俺の可愛い彼女にぷっと吹き出す。相変わらず不器用なこって。
「ていうか、よく起きれたじゃん」
「辛かった」
「昨日盛り上がったからな〜〜」
「アンタはな」
「えっ」
傷付いたふうに胸に手を当てると、ばーかという言葉とパンチが返ってきた。ケラケラ笑いながら、可愛くないことを言うものだから朝から気が抜ける。
「どうしよう」
「卵これ食えんの?」
「食えねえ」
「もったいな〜〜もうお前料理すんなよ」
「……だって御幸が起きないから」
「起きるの早すぎるんだよ、お前。何だ六時半って。ガキか」
「早起きは三文の徳って言うじゃん」
「ラジオ体操でもしてろ」
「腹立つ」
憤慨してる彼女からフライパンを取り上げて、黒こげの卵だったものを三角コーナーに捨てる。用意された二人分のサラダを見て、ちょっとにやける。何かこういうのって、いいな。
「俺が作るから、お前は向こういってろ」
「えっ、私もやりたい」
「はー……優しく言うけどな、邪魔」
「その言葉のどの辺が優しかった?」
「いいからあっち行って」
「何だよ、せっかく朝ごはん作っていい彼女アピールしようと思ったのに」
「そういうのは卵焦がさなくなってから実行に移せよな〜〜」
「腹立つ」
料理も裁縫も、ついでに言えば掃除も苦手な女だけど、一生懸命やろうとするから、つい怒れない。隠れて練習してたりするのがもう、いじらしくてしょうがない。バカで可愛い。
「ていうか、ああいうことした次の日の朝くらい、隣にいてほしいんですけど?」
「は、」
「朝起きてお前いないと焦る。あとやたらさみィ」
「しーらなーい」
「うっわ、かわいくねー」
「はあ?昨日散々可愛いって言ったくせに」
「うわ、その話今持ち出すなよ」
「私が恥ずかしいからやめてって言っても言い続けたくせに!」
「やめろ」
昨日の夜の話を持ち出すのはずるい。ていうか、ああいうときでもないと面と向かって言えねえし、そこは素直に喜んどけよ。褒めても貶しても怒るんだから、本当扱いに困る。めんどくせー女。こんな女のことをいつまでも好きでいる物好きなんて俺くらいしかいねーんだから、感謝してほしいものだ。
「ていうかさあ、そうやって御幸がすぐフライパン取り上げるから、いつまでたっても私の料理の腕が上達しないんだけど」
「見てられんねえんだもん」
「包丁もすぐ取りあげるし」
「手付きが危なっかしすぎる」
「じゃあ教えろよ、基礎から!」
「態度」
「教えてください!基礎から!」
「や〜だ」
「クッソ!」
きいっと悔しがる間抜け面を眺めながら、鼻で笑う。フライパン使って下手に火傷されるのも困るし、ましてや指なんて切られたらたまったものじゃない。そんなことになるなら、俺がやった方が何倍もいい。
「俺がいるから料理できなくても困んねーだろ」
「御幸死んだらどうすんの」
「殺すなよ」
「でも私ら同時に死ねる訳じゃないんだよ?絶対どっちか取り残されるからね」
「そうだけど」
俺がいなくなる理由ってコイツの中じゃあ死別しかねえらしい。別れるとか、もっとなんかこう、あるだろ。バカ。別にいいけど。
「俺が死んだら、料理のできる男捕まえろよ」
「いるかなあ」
「いねえかもな」
「……お前絶対私より先に死ぬなよ」
「はっはっはっ」
「みゆき!」
「へいへい、分かったって。つーかそう簡単に死んでたまるか」
新しい卵を取り出しながらそう返事をすると、納得したのかしてないのか、深刻そうな顔で頷いた。全体からバカが漏れてる。
コイツは意外と寂しがりだし、雷とかもダメだし、料理も裁縫も、掃除もできねえし、何より筋金入りのバカだから、置いていけない。いやまあ、コミュニケーション能力化けもんみてえにあるから、上手くやっていくのかもしれねえけど。それでも、絶対心配で化けて出ることになる気がする。ベタ惚れかよ、俺。
あっち行ってろって言ったのに、すすすと音もなく寄ってきた彼女が、俺の背中を鍵盤みたいに指で叩く。
「うわ、超ジャマ」
「うるさいうるさい」
「甘え方ヘッタクソだよな、お前」
「え、それ御幸が言う?」
「うるせえよ」
今の恋人っていう立場も悪くはねえけど、俺としてはもっと進化したいっていうか、深化したいっていうか。とりあえず一生コイツのリードを持ってたい。冗談でああは言ったけれど、実のところ、他の料理上手な男にコイツを譲る気は更々ない。死んでも。
「御幸、卵にマヨネーズ入れて焼くといいらしいよ。ふわふわになるって」
「お前の焦げ焦げだったじゃん」
「あれは失敗作だよ」
能天気を絵に書いたような女は後ろから、俺の手元を覗きこんでマヨネーズのすごさを語っている。うるせえ。
指輪とか、紙とか、あとはコイツの父ちゃんにも承諾してもらわねえと。ぴーちくぱーちくうるせえ恋人を無視して、頭の中でやることをリスト化していく。
まあそのまえに、まずは、呼び方から、変えさせていくか。


20151103
夢中で悪いか