「せんぱい」
二つ下の、生意気な後輩。ふかくかぶった帽子の下の猫みたいな目が、私を映している。さっきまで俊敏に動いていたせいか、全体的に汗ばんでいる後輩を見て、頬の筋肉を緩める。
「何してるんすか、こんなとこで」
「んー、国光君見てる」
「ブチョーに何か用事っスか」
「せいかいです」
手に持っていた手紙をひらひらさせて越前君に笑いかければ、彼は怪訝そうな顔をした。彼と私の関係を簡潔かつ具体的に言うとしたら、顔見知りがぴったりだろう。私がよく行くお寺の住職さんの息子が彼で、偶然知り合った。見事にそれだけである。
「ラブレター渡すの」
「先輩、あの人のこと好きだったの?」
「私は好きじゃないよ」
「はあ」
「友達の友達に頼まれたんだ」
仏頂面でボールを打っている国光君をにやにやしながら見つめる。あんな頭固そうなやつを好きになる私の友達の友達の気がしれないけれど、面白いからまあいい。このラブレターが私からだと勘違いして困り果てる国光君を想像するとにやにやが止まらない。実際、きっと冷静にフラれそうというか、すぐにバレそうだけど。想像するのは自由だ。
「国光君があわてふためく様が目に浮かぶわ」
「絶対そんな反応しないと思うっス」
「そんなの、わからないじゃあないか」
「すぐバレてグラウンド走らされるにファンタ一本」
「私は二本」
「アンタほんと意味不明だよね」
失礼な後輩から顔をそらして、まだラリーをしている国光君達をぼんやり見つめる。転ばないかなあ。別に国光君が嫌いな訳じゃない。彼みたいな完璧主義者みたいな人間が失敗して取り乱している様に興味があるだけである。…性格が悪いのは重々承知している。
「てゆーか先輩」
「なんすか」
「その手紙オレが渡すから、先輩帰って」
「…なぜ」
「自分で考えろ」
「越前君」
「なに」
「いくらラブレターが羨ましくても、それはよくないんじゃないかな」
国光君はまあこの際、どうでもいいけど、これを書いた女の子の気持ちもあるしね?と続けると、彼は無言で私を見つめてきた。そして手紙を持っていた方の腕を掴み、あろうことかひねりあげてきたのだ。
「いたい!ばか、何するの!」
「オレの方が痛いッス先輩」
「いや明らかに私だけが痛みを感じているよ!」
コイツ、先輩を敬う気が微塵もない。まず先輩とか関係なく女の子の腕をひねりあげるなんてあり得ないだろう。私が悪いとでも言うような口ぶりの越前君をキッと睨み付ければ、彼も負けじと私を睨み付ける。
「オレ、そこまでモテない訳じゃないんだけど」
「だからってこの仕打ちはない」
「先輩が鈍いのが悪い」
「先輩は越前君の人気まで察せるエスパーではありません」
「ほら、超鈍いじゃん」
ちょっと何を言っているかよく解らない越前君に顔を歪める。一体何が言いたいんだこの子。ふと、コートに目を向けると、国光君も相手の選手もいなくなっていた。
「オレといるときに他のやつなんか気にしないでよ」
ひねりあげられていた腕が一瞬解放され、また掴まれる。勢いよく引っ張られたその腕に悲鳴を上げそうになった私の唇は、別の何かで塞がれてしまった。
「…」
「これ、先輩のじゃなくてよかった」
その何かが越前君の唇だと気付いた時には既に、したり顔の越前君が私の友達の友達のラブレター(国光君宛)をひらひらさせていたのだった。
「えっ」
20130304
ねらいうち