「先輩、最近全然ウチこないっスね」
烏丸君の指摘に、苦い気持ちが胸いっぱいに広がった。両親にイタズラが見つかってしまった子どもみたいな、そんな嫌なドキドキ。誤魔化すみたいに髪に指を絡めてみたけど、烏丸君の視線から逃げられる気はしない。
「そう、かな」
ウチ、というのは玉狛支部のことである。別に烏丸君のお家とかそういうわけじゃない。
本部の訓練室を出たところで、烏丸君と出会った。何もそんな、待ち構えるみたいに待ってなくても、と思ったけど言わないでおく。
「小南先輩、寂しがってますよ。口には出しませんけど」
「うーーん……」
「……やっぱ、ヒュースっスか」
「うーーん……」
玉狛がネイバーを捕虜として保護してから、何度か支部に遊びに行ったらなぜか、ものすごく睨まれた。怖かった。別に三輪君みたいに、ネイバーはみんな殺す派ではないにしても、やっぱり怖い。だって、彼は、私の友達を殺した人たちの仲間なんだ。
「私、ヒュース君、と、仲良くなれる気がしない……」
「別にしなくてもいいんじゃないんスか」
「いやでも、空気が悪くなっちゃったら、」
「先輩は気にしいですね」
「……そうかも」
確かに、玉狛の子はみんな気にしないかもしれない。支部長もレイジさんも桐絵も栞も、烏丸君も。陽太郎なんて、構い倒している。みんなヒュース君とだって、上手くやってるにちがいない。もちろん、あの新しく入った可愛い後輩さんたちも。でも、私は。大規模進行でたくさんの友達や後輩が死んだ。技術室では連日、大忙しだ。
「でも、桐絵が寂しがってるなら、会いに行こうかな」
「はい」
「あ、そうだ。烏丸君喉乾いてない?おごるよ」
わざとらしく話題を変えたことに、きっと賢い烏丸君は気付いてる。気付いててても何も言ってこないから、大人だなあと思う。私よりよっぽどしっかりしてる。
「いや、別に……」
「烏丸君は謙虚だなあ、迅にも見習ってほしいよ」
「先輩」
「なあに?」
自販機まで行こうと足を踏み出すと、烏丸君に手首を掴んで引き止められた。
「どうか、した?」
「実は、さっきの嘘です」
「え!?」
さっきのって、どれだ?桐絵が会いたがっているってこと?それとも、私は気にしいだっていうのを撤回するってこと?それとも、やっぱりジュースおごってほしいってことだろうか。心配しなくてもちゃんとおごるつもりだよ……。頭を悩ませていると、烏丸君がポツリとちいさく謝った。何を謝ることがあると言うのだろう。
「寂しがってるのは、小南先輩じゃなくて、俺なんです」
「へ、」
「いや、小南先輩も寂しがってるんですけど。多分俺の方が……」
「ちょ、まってまって!」
「はい」
「嘘って、それ?」
「あ、はい」
変な力が入って、抜けた。なんだその嘘、かわいいなあ、もう。ふふ、と思わず笑うと烏丸君が首をかしげる。烏丸君はとてもしっかりしているし、修君たちのような後輩ができたから最近さらにしっかりして見えるから、なんというか彼のこういうところを見られるのは新鮮だ。後輩っぽさ、というか。
「嬉しい」
「……よかった」
「え?」
「いや、引かれるかと思ったんで」
「引くわけないよ、だって烏丸君は可愛い後輩だもん」
「……そっスか」
照れ臭そうに視線を逸らした烏丸君はとても可愛くて、やっぱりまだ高校生なんだなあと思う。米屋君や出水君たちと比べたら全然大人っぽいんだけど。あの子たちはおバカさんだからなあ。あれはあれで可愛いけれど。
掴まれたままの手首にちょっと力が入る。
「でもやっぱヒュースとは別に仲良くしなくてもいいんじゃないですかね」
「ええ?」
「迅さんにも毎回セクハラされてますよね。距離置いたらどうっスか」
「まあ会うたびにお尻撫でるのはどうかと思うよね……」
「先輩の可愛い後輩は、俺だけでいいと思います」
「なにそれ」
手首から烏丸君の手が離れて、するりと手が繋がれた。あれ?なんで手をつないでるんだろう?心なしか嬉しそうな烏丸君の顔を見上げながら少し疑問に思ったけど、まあいいか。
すると、お隣の訓練室から米屋君と出水君と緑川君が出てきた。いわゆる3バカトリオである。偶然だね、って言って挨拶のため手を挙げようとしたら、烏丸君と手をつないでるほうの手を挙げてしまった。
「ほお〜〜〜仲がよろしいことで」
「やるな京介」
「え〜〜二人ってそういう、え〜〜」
うん、まあ、そういう反応になるよね。この子達でなくても、冷やかされてしまいそう。ちょっと、恥ずかしいな。烏丸君はどうなんだろうって思って見上げる。彼のことだからきっと涼しい顔をして……。あれ?
「照れんなよ京介〜〜」
「照れてもイケメンだから安心しろよ、な!」
「ヒューヒュー!」
予想に反して真っ赤な顔で湯気を出している烏丸君にビックリして目を見開く。こんな顔の彼は初めて見た。いや、真顔は真顔なんだけども。ビックリ。照れている。ヒューヒュー言いながら去っていった3バカを見送りながら、手を離そうと思ったけど、なんだかぎちっと握られているみたいで離れない。もしかして、オーバーヒートしてる?
「烏丸君、大丈夫?」
「……すんません」
「ふふ、やっぱり烏丸君かわいい」
「……」
「私、愛されてるなあ」
20150703
きみの悪党を埋める