「金丸〜〜、また沢村のお守り?」
スカートをひるがえして俺の前に立ったソイツはニヤニヤとブサイクな顔で笑っていた。軽い調子で話しかけてきて、軽い調子で去っていく。そんなあまり賢くないクラスメイトの女子。それがこの女だ。
「そうだよ悪かったな」
「別に悪くはないじゃん。ねー、沢村。金丸がいてよかったねー」
「集中できないんで、ちょっと黙っててもらっていいですかね!?」
「集中したって分かんないでしょ」
「何だとォ!?」
ひらひらと動くスカートをチラつかせながら、沢村に絡むソイツの顔はなかなか可愛い方だと思う。ほぼいつもニヤニヤしているせいで、台無しになっているが。
沢村といると、何故かコイツが寄ってくる。もしかしたら沢村のことが好きなのかも知れない。その証拠に俺が一人でいる時や東条といる時にはほとんど話しかけてこない。よりによって沢村とか、どんな趣味だよ。バカじゃねーの。いや、俺にそこまで言う権利はこれっぽっちもないんだけど。
「おい、金丸?何で怖い顔してんだよ?」
「もしかして、沢村がバカすぎるからキレて……?」
「は!?そんなに!?そんなに俺ってバカなのか!?」
「うるせーよ、ちげーよ、さっさと問題解けよ」
沢村は目の前に置かれた空欄だらけのプリントを非常に悲しい目で眺めた後、絶望した面持ちで、俺にはもうどうすることも……と呟いた。それを見て、女は吹き出して笑う。今度はニヤニヤじゃなくて、楽しそうな顔で笑っている。
沢村が好きなのは別にいいけど、俺といる時に話しかけてくんじゃねーよ。なんか、変な気持ちになっちまうじゃねーか。
というやりとりをしたのがちょうど7時間前。今はなぜか、俺の前に爆睡したその女がいる。もう最終下校時間ちょっと過ぎてるんだけと。なんでまだいるんだよ。なんで寝てんだよ。
「おい、起きろ」
数学のプリント、宿題になってた奴を机の中におき忘れたことに気付いて教室に行くと、こいつが寝てた。もうほとんど人の残っていない校舎は真っ暗で、幽霊かと思ってビビったのは誰にも言わないでおこうと思う。
さっさとプリントだけ取って帰るのも薄情な気がして、仕方なく起こしてやることにした。こいつも用務員のオッサンに叩き起こされるよりはマシだろう。
「ううう……」
「唸ってねえで、起きろアホ。学校閉まんぞ」
「うーーん……金丸」
「おう」
「金丸」
「そうだよ金丸だよ、寝ぼけてんのか」
ムクッと顔を上げたクラスメイトはこれまたブサイクな顔で俺の名前を呼んだ。どうやら寝ぼけているらしい。それにしても寝起きブスだな。髪もぐちゃぐちゃだし。見られたの、沢村じゃなくて俺でよかったな。なんて、要らん心配までしてしまう始末。
「金丸なんでいるの……これは夢か……?」
「残念ながら現実だよ。さっさと起きて帰れ」
「うーーん……」
「何また寝ようとしてんだ!」
上げた顔を再び伏せた女にイラついて、ついゲンコツを作るが、相手は女だったことを思い出してそれを頭に落とすのは直前で止まった。沢村なら容赦なく殴れるのだが。あいにく、こいつは沢村でも何でもない。
仕方なく握っていた指を開いて、チョップの体勢に入る。今度こそ振り下ろそうとした時、もごもごと目の前の女子が口を開いた。
「ははは、夢にまで出てくるとか……わたし金丸のこと好きすぎ……」
チョップしようとした体勢のまま、数秒停止。どういう意味だ。寝言、今の寝言か?まだ何かよくわからない言葉をむにゃむにゃごにょごにょ呟いてるソイツを見ていたら、急に恥ずかしくなって、ゲンコツを落とした。
「い、えっ、いったあ!!??なに、えっ、い、いたい!?」
「うるせー!早く起きろバカヤロウ!」
「ん!?金丸!?」
「だから金丸だっつってんだろ!いい加減にしろよお前!」
「なにゆえそんなに荒ぶっているのか……というかすっごい頭がいたいんだけどなにこれ」
「お前が悪い!!!」
女子だと思って手加減してやろうとしたのに、お前が変なこと言うから。なんだよ、沢村のことが好きなんじゃねーのかよ。だからバカの相手は嫌なんだ。何考えてんのかわかりゃしねえ。いやまあ多分何にも考えてねえんだろうけど。
脳天を押さえて涙を浮かべるソイツに、ちょっとの罪悪感が頭をよぎったが、やっぱりどう考えても俺は悪くないという結論に達した。
「うわ、もう真っ暗、っていうか最終下校時刻すぎてる!」
「さっきからそう言ってんのにお前ぜんっぜん起きなかったからな」
「あはは、ごめん。私寝起き悪くて」
「……知ってる」
「あれ?金丸怒ってる?」
「怒ってねえ。いいからさっさと帰るぞ」
「うん、あ、もしかして送って……」
「なワケねえだろーが!」
「あは、だーよねー」
こいつも起きたことだし、さっさと帰ればいいのに、何故か俺はその場から動かずにいた。校舎ん中はもう真っ暗で足元も見えねえぐらいだし、せめて外までは送ってやらねえと、って何の使命感だコレ。気持ち悪!
マジで調子狂う。こいつが期待させるようなこと言うから。いや別に期待とかそんなん全然してねえけど。こいつが沢村を好きだとか、そんなん超興味ねえけど。頭の中では何に対してなのかよく分からない言い訳が飛び交い、最終的に出た言葉は、
「……お前、家どこだよ」
20150622
舌っ足らずの恋足らず