「さとりくん、私じゃ、ダメかな」
困惑する佐鳥君の上に乗って、小首を傾げる。服ならさっき脱いだから、今は下着だけだ。大丈夫、間違ってない、はず。
目が点と表記するしかないような顔をしている佐鳥君のの反応は気になるけれど、大丈夫だ、ここまではアドバイス通りにできている。
「佐鳥をオトしたい?」
お前面白いこと言うな、と笑う太刀川にイラついて、思わず脛を蹴った。面白いことなんて言ってない。私は至極真面目に佐鳥君をオトしたいのだ。
悶絶する太刀川を横目に日本酒の入ったおちょこに口をつける。太刀川とは同期だし、よく飲みに来るけれど、こういう話をしたのは初めてだった。
「何でまた……つーかすごい痛いんだけど、これ絶対アザになった」
「私の本気を笑うからだよ」
「お前年下好きなんだっけ?」
「……そういうわけではないと思う」
チェーン店の居酒屋はリーズナブルだし、適当な服でも来やすいから、嫌いではない。まあ太刀川と来るのに、変に格調高いところに行くのもおかしな話だ。
ネギトロの乗った豆腐を箸でつついてる太刀川は私の話に大して興味を持ってないようだ。太刀川は基本的に他人に対しての興味が薄いから、こういう話をしてもあまり食いついて来なくて、楽だ。
「でも、お前、佐鳥って……」
「おかしいかな」
「おかしいっつーか、なかなか変わってるな」
「それ同じ意味じゃないの」
「だって、お前、佐鳥だろ?」
佐鳥だよ。何回も確認しないでくれないかな。
正直、どうしたらいいか分からない。相手は高校生で、どう手を出していいのか分からない。そもそも手を出せば、未成年淫行罪になってしまう危険性がある。出来れば佐鳥君から襲ってきて欲しい。というと、太刀川は神妙な顔で頷いた。
「じゃあもう脱ぐしかないな」
「脱ぐ」
「酔ったふりして脱いで迫ってみれば、だいたいの男はオトせる」
「それって未成年淫行罪に問われない?」
「誘うだけ誘って手は出さなきゃいいだろ」
なるほど。
その三日後、ちょうどボーダー主催の慰安会(通称、ほぼ飲み会)があったので、太刀川のアドバイスを実行することにした。出水君にイジられていた佐鳥君の横に無理やり割って入ってみる。酔ったふりをすれば、許されるだろうか。
「佐鳥君、私酔っちゃったみたい」
「先輩!?ちょ、いきなりどうしたんですか!?うわ、近い!」
「はは、先輩すげー真顔すげー棒読み」
出水君が半笑いで私の酔った演技を評価したけれど、当の本人である佐鳥君はただ顔を赤くするだけで、疑ったそぶりはしないのでこれはいけるのではないかと、確信めいた思いが私の中に浮かんだ。 佐鳥君の腕に抱きついて、肩に頭を乗せてみる。ピンと伸びた背筋が可愛らしい。
「せせせせせせんぱい!?酔うとそんなふうになっちゃうの!?」
「そうみたい」
「あ、ちょ、まっ、せんぱいそんなくっつかないで!」
「……佐鳥〜、先輩酔ってるみたいだし、もう帰らせた方がよくね?お前送ってこい」
ナイスパス出水君。さすが天才、分かってる。チラリと出水君の方を見ると、無言で親指を立てられた。
とりあえず、家に連れ込むところまでは成功した。なかなかにチョロい、いや素直な後輩である。
「えっ、あれ、なんで脱いでるんですか!?」
部屋に入るなり、すっとほぼ無音で脱衣した私を見て、佐鳥君は一瞬で真っ赤になって顔を手のひらで覆った。とはいえ、指の隙間からバッチリこっちを見ているので、その手のひらにはあまり意味はないように思う。見ればいいのに。見せるために脱いだのだから。
「佐鳥君、どう?」
「どどどどどう!?」
「変?」
男性がどういった下着を好むのか私にはよく分からなかったので、ランジェリーショップの店員さんに勝負下着が欲しいと伝えたところオススメされたものを着てみたのだが、これでよかったのだろうか。派手すぎるような気がする。
後ずさった佐鳥君の後ろには都合よくベッドがある。そして都合よく佐鳥君はそこに尻餅をついた。チャンスである。
「変、とかじゃ、なくて!せんぱい、服!服着て!」
「それはできない」
「何で!?!?」
「むしろもっと脱ぐべきか迷ってる」
「何で!?!?!?!?」
そして冒頭に戻る。
「せんぱい、酔いすぎです!佐鳥もいいかげん怒りますよ!」
「……何を言ってるか分からない。酔ってるから」
「あ、ちょ、どこスリスリして……っ、先輩!」
「佐鳥君、私酔ってるからこれは故意のセクハラじゃないんだ」
「何の言い訳をしてるんですか!バカ!せんぱいのバカ!」
わーわー騒ぐ佐鳥君の口を塞いでしまいたいところだけど、やっぱり手を出すのはまずいので仕方なく擦り寄るだけにする。耳まで真っ赤でウブなんだな、と思った。嵐山隊なのに、あまりモテないのだろうか。私はとても魅力的だとおもうが、佐鳥君のそういった話は全く聞かない。
「ほんと、からかうの、やめてください!」
私にからかってるつもりはまるでない。真剣そのものである。反論しようと佐鳥君の顔を見上げると、私の予想に反して彼は目に涙を溜めていた。真っ赤な顔で、唇をかんで。
「〜〜っ、せんぱいのバカ」
な、なくほど、いやなことを、してしまった、らしい。罪悪感とともに目眩が襲ってきた。ああ、あああ。まるで冷水を被ったみたいに、一瞬で頭が冷えた。
「わ、私が悪かった。泣くほど、嫌だとは、思わなくて」
「さ、佐鳥は、先輩が心配で、送ってきたのに、それなのに!」
「……ごめん」
私はなんていう事を……。犯罪者だ、犯罪者になってしまった……。ふらっと、立ち上がり、佐鳥君から離れる。血の気が引いたせいか、やたら視界がクリアである。それと同時に現実を理解する。自首だ……自首しなければ……。
「せんぱい!どこ行くんですか!?」
「交番……」
「交番!?っていうか、その格好のまま出て行こうとしないで!」
おぼつかない足取りで玄関に向かおうとする私を見て佐鳥君が慌てる。ガンッとすごい音を立てて、頭が壁にぶつかった。痛い……。けれど、私が佐鳥君に負わせた心の傷と比べたらこんな痛み……。
「ほらっ!先輩フラフラなんだから危ないですよ!交番行かなくていいですから!」
「……実は私は今日一滴もアルコール類を口にしてないんだ」
「は!?」
「交番……あ、その前に謝罪をしなければ……土下座……」
「土下座はいいから、ちゃんと説明してください!服着てから!」
「……はい……」
「申し訳なかった」
「土下座はいいですって」
服を着て、ベッドの上で佐鳥君に土下座をした。私は、純粋に私を心配して送ってくれた佐鳥君を騙し、連れ込み、純情を踏みにじったのだ。これくらいは当然である。よく考えてみれば、なぜ私は太刀川のアドバイスを間に受けたのか。いかに自分が切羽詰まっていたかが伺える。彼の泣き顔で正気に戻った。死のう。
「ただ、からかってるつもりはなかった。本当に、本気で佐鳥君を誘惑していた」
「そ、それで俺が手を出しちゃったらどうするんですか!」
「……?、手を出してもらえるように誘惑したんだけど」
「???」
「???」
お互いに首をかしげる。何だか話が噛み合ってないみたいだ。
「何で、そんなことに?」
「佐鳥君が好きだから」
「!?!?!?」
「?、じゃなきゃこんな最終手段使わない」
いくら頑張っても、私は色んな意味で、ただの先輩にすぎない。高校生じゃないし。大人だし。太刀川のアドバイスさえ鵜呑みにするくらい、焦っていた。それくらい、佐鳥君が欲しかった。
「せ、せんぱいは……佐鳥が好きだから、酔ったふりして、家に連れ込んだの?」
「そうだよ」
「服脱いで迫ってきたの?」
「ああ、似合わない派手な下着だって、わざわざ買った」
「な、なんだそりゃ……」
頭を抱える佐鳥君を見て、今更恥ずかしくなった。余裕がなさすぎる。やっぱり私には恋愛は向いてないのかもしれない。好きな人を騙して泣かせて、バカじゃないのか。死のう。
うつむいたら、少しだけ涙が出そうだったけれど、私には泣く資格すらない。だって全部、私が悪い。
「本当に悪かった。嫌われても訴えられても仕方ない。佐鳥君が顔を合わせるのも嫌なら、ボーダーもやめる」
「ちょ、なんでそうなるの!」
「服も着たし、自首してくる……」
「せんぱい!話聞いて!」
ガッと勢いよく肩を掴まれて、その反動で後ろに倒れこんだ。ベッドの上なので、幸い痛くはなかった。切羽詰まった佐鳥君の顔と天井が視界にあって、なんだか押し倒されているみたいだった。
「嫌わないし訴えないし、ボーダーやめられたら困る!自首も!」
「でも、」
「俺は、からかってないなら、それでいいんです!」
「でも」
「もう先輩静かにして!」
「んむ」
ぎゅうっと、唇に何か当たって、やたらと佐鳥君の顔が近かった。一体どういうことなんだ。視界にはほぼ佐鳥君しかいない。顔の横にある握られた手がやたら熱い。
「ん、んんん?」
まるで都合のいい私が思い描いていた妄想のような展開に頭が混乱する。これは現実?それとも夢か?夢ならばどこからが夢でどこからが現実なんだ?
「……せんぱい、佐鳥のこと嫌いになりましたか訴えますか自首しろって言いますか」
「え?いや、え?」
「先輩は何も分かってない!俺の気持ち考えたことありますか!?佐鳥だって、いろいろガマンして、佐鳥だって、」
「ごめん」
「分からないのに謝らないでください!」
「ご……うん」
一体どういうことなのか分からないけど、佐鳥君は怒っているらしい。夢でも現実でも、もう何でもいい気がしてきた。それに、言われてみれば、私は佐鳥君の気持ちを考えたことはなかった。自分の気持ちを押し付けるばかりで、佐鳥君がどう思うかなんて、考えてなかった。だから私はダメなのか。
「あと、下着!超似合ってましたから!」
「ありがとう?」
「もっかい見ていいですか!?」
「ああ、うん」
今一生懸命、佐鳥君の気持ちを考えているけれど、ダメだ全然分からない。怒ってはいるのに、嫌いにはなってないし、訴えないという佐鳥君が分からない。服を脱がされながら考える。まだ夜は長い。
20150522
疑似餌にだってひっかかる