「えーぬー…」
いつもよりもずっと低い声で唸るように僕の名前を発した彼女の眉間には、くっきりと深い皺が刻まれていた。理由は簡単。僕の今の格好だった。
「どうしてそんなに泥まみれなのかな」
「ミネズミの砂遊びを手伝ってたんだ」
「君はばかなの?」
トモダチが一緒に遊んでほしいと言ったんだから、仕方ないじゃないか。そう言いたかったけれど、笑顔でこめかみに血管を浮き上がらせている彼女を前にしたら、何も言えなくなってしまった。
「いい歳して何やってんのほんとに…」
泥まみれのこの格好では家にあげて貰えず、玄関で立ち往生していた僕を一瞥し、彼女はそれはもう深い溜め息を吐いた。これは完全にあきれられている。謝ろうと僕が口を開いたのと同時に、彼女が僕の帽子を奪い取った。
「あっ」
「えぬくん」
「はい」
砂で汚れたその帽子が彼女の手を汚す。乾いた泥がパラパラと落ちていくのを見て、申し訳なさにかられた。どうしよう、とても怒っている。彼女は機嫌が悪いと僕をえぬくんと呼ぶから、すぐに解る。怒った時の彼女は、とても怖い。
「脱ぎなさい」
「ぬぎ…、えっ」
「ここから先、下着以外の服の着用は認めません」
真剣な顔でそう告げる彼女に、どんな顔をしていいか解らなかった。おそらく、下着の着用を許可してくれたのは彼女なりの優しさなんだと思う。そうじゃなければ、今にも身ぐるみ全部剥がされそうな雰囲気だ…。
「女の子が無理やり男の服を脱がせるのは、あまりよくないと思うんだ」
「私えぬくんが全裸でも何とも思わないから大丈夫」
「そこは何か思ってくれないとおかしいんじゃないかな…」
観念してカッターシャツに手をかけ、ちらりと彼女の方を見ると、笑顔でさっさと脱げという無言のプレッシャーをかけてきていた。プラズマ団が壊滅して、自由になって、色々なことを知ったし経験した。そこから考えて、彼女の前で下着一枚になるというのは果たしてどうなのだろう。
「あ、頭ちゃんとはたいてね」
泥の対処のことしか見えていない彼女を横目に、そんなことを悶々と考える。彼女のことは好きだし、多分彼女も僕のことを、好きだと思ってくれているはず。前に一度、ずっと一緒にいるのにどうして僕達の間にタマゴは出来ないのかな、と聞いた時に泣きながら押し付けられたいくつかの本で人間の男女のことも学んだ。それらから得た知識によれば、男女間で服を脱ぐという行為は特別な意味合いになってくると思うのだが。
「ねえ、僕もしかして男として見られてない?」
「そういう台詞は保健体育を学んでから言ってね」
20130303