「あれ、鷺坂まだいたの」
「……うん」
「もう下校時間すぎてるよ、危ないから早く帰りな」
誰もいないと思って入った部室には同級生が寝ていた。こんなとことで寝てたら身体痛くなるし、帰って早く寝ればいいのに。もう暗いし、鷺坂は気をつけたほうがいいと思う。下手したらそこらへんの女の子よりも危ないんじゃないか。
「眠い」
「いや帰って寝ろよ」
「……眠くて目が開かない」
「どんだけ眠いの?私も忘れ物とりにきただけだからもう帰るよ」
「うん」
「うんじゃねえよ、あんたも帰れ」
「……」
「寝るな!本当マイペースだな!?」
用務員のおじさんがもうすぐ見回りに来るし、早く私たちも退散したほうがいい。正直こいつ放っておいて帰ったほうが早いけど、一応知り合いだしそれは不味いよなあ。
というか、普通に心配だ。寝ぼけた鷺坂を放り出したら、痴漢とか強姦魔とかに会うかも、とか、怪しげな大人のお姉さんに怪しいことされるかも、とか。って、私は何だ?こいつの保護者か?
「……はあ」
こういうフワフワしたやつを見ると放って置けないんだよなあ。それで損な役回りを押し付けられることとか、イラつかされることとか、よくあるのは分かっているのに、どうしても見て見ぬ振りができない。
鷺坂はスペックは高いのに、妙に抜けているというか、無防備というか、とにかく心配になる。周りが自分をどう見てるかなんて気にもしないんだ。モデルまでやってんだから、少しは自覚を持つべきなのに。アホなのかな。
「ん……」
「ほら星も見えるよ。いい加減覚醒しろ」
「星……」
「暗いけど一人で帰れる?迎えとか呼べるなら呼びな」
「……俺より、自分のこと心配したほうがいい」
「私は自転車かっ飛ばすから平気」
「そうか」
私はここでこういう答え方をしてしまうからダメなのだろうか。結局、私が世話を焼いてしまうような女子が一番モテるのだ。いや鷺坂は男だけど。放って置けなくてアレコレして、最終的にはいつも引き立て役として最高の仕事をしてしまってるんだから笑える。別に今に始まったことじゃないし、もう諦めたけど。
「じゃあ、また明日。気をつけてね」
「一緒に校門のとこまで行こう」
「いや、私鍵返してくるから。先に帰って」
「……俺も行く」
「え?いいよ、やっとくから」
「……」
「何?」
じっと見つめられて、居心地悪く思いながら、部室に鍵をかけた。なんでこっち凝視してるんだろう。圧迫感すごいんだけど。美人に見つめられると嬉しいというよりむしろ恐ろしいものなんだって、この天然は知らないんだろう。
「何でいつも、お前が全部やるんだ」
「えええ、何を今更」
「今更……かもしれないけど、俺も鍵を返すくらいできるし、一人でも帰れる。お前の周りの女子と一緒にするな」
鷺坂の怒った顔って初めて見たかもしれない。基本的に穏やかでマイペースな奴だからあんまり怒ったりしないし。
でも、さすがに女子扱いされたら気分悪いよな。これは何も言い返せない。鷺坂を女の子だとは思ってないけど、他の女子と同じような扱いだったことは、否定できないし。
「……あー、っと、うん。そうだよね、ごめん。口出しすぎた」
「そ、そうじゃない。えっと、つまり……俺も一緒に鍵を返しにいきたい」
それって何が、つまり、なのか全く分からないんだけど、今こいつが何をしたいかは分かった。いや、自分でもよく分かってなさそうな顔してるけど。
ふっと息を吐く。わっけわかんないやつだなあ、本当。
「じゃあ行こう。鍵返しに」
「ああ」
「いや鷺坂、職員室こっちね」
「……」
「ていうかブレザーの襟ひっくり返って……って、あー、ごめん、私またやった」
「これはいい」
「え?これはいいの?」
「いい」
「アウトラインわっかんねー……」
「はは」
「笑いどころもわからない」
不思議くんすぎる。まあ笑ってるし、機嫌も直ったみたいだから、いいか。こんな笑顔ができんのに、鷺坂はあんまり笑わないからもったいない。こいつはずっと笑ってたほうがいい。
こんなふうに思ってるから、色々世話を焼いてしまうんだろう。こいつが周りが言う王子だったとしたら、私は世話焼きの召使@かAくらいなんだろうな。大概損な役回りだ。でもまあ、鷺坂が笑ってんなら、それでもいいかもしれないな。
20150427
ラブソングも歌えない