こう見えても降谷君は、手が早い。野球をやっている時以外はボーッとしていることが多いし、天然気味なので、あまりそう見えないのだけれど、彼は意外と肉食系である。
「ふ、降谷君、ここ、学校だから」
「……?知ってる」
「学校でキスはその……ちょっと」
いくら昼休みの人気のない空き教室だとしても、キスをするのには抵抗がある。誰に見られるか、分からないし。そもそも私たち付き合ってまだ一週間くらいなんだけど、キスって早くない?あれ?私の感覚が変なの?
「学校じゃなかったら、君と会えない」
「そ、それはそうだけど……」
「会える時にしかキスできない」
「それもそうだけど……!」
確かに強豪、青道野球部のエースナンバーを背負ってる降谷君はいそがしい。とてもいそがしい。だから会える時間は限られてくるし、しかもその会える時間も校内だけだし……。だから降谷君が言ってることも分かるといえば分かるのだけど、やっぱりここでキスするのはちょっと、モラル的に。
「…僕とこういうことするの、イヤ?」
「……イヤなわけない」
「なら何でダメなの?」
「だ、誰かに見られたら、まずいから」
「僕は見られてもいい」
「いやダメだよ!」
見られてもいいって何だそれ。恥ずかしくて死んでしまう。それに所構わずいちゃいちゃするのはマナーとして良くない。ここは学校で、公共施設なんだから、マナーはちゃんとしないと。
「もし先生に見つかったらどうするの?怒られるよ?」
「……それは、ちょっとイヤかも」
「そうだよね。だから、こういうのは控えよう?」
「やだ」
「ええ!?怒られるのイヤなのに!?」
降谷君はものすごい頑固なところがあるので、なかなか折れてくれなかったりする。困ったなあ。
なんて考えていると、降谷君はキスするくらいに顔をぐっと近づけてきた。思わず体が固まる。ダメだこの人、全然分かってくれてない!
「君に触れないのはもっとイヤだ」
この至近距離でそんなこと言う!?頭がクラクラしてきた。ああ、また私、降谷君に流されそうになってる。
私だって降谷君のことが好きで、だから付き合ってるわけで。キスされるのだって、嬉しいとか、気持ちいいとか、感じちゃうわけで。好きな人にこんなふうに言われたらそりゃクラクラするよ。
「ふ、降谷君、近い」
「近くなきゃ触れない」
「だからそういう性的なアレは学校では……」
「性的なアレって言い方、なんかエッチだね」
「いやそんな感想今いらないから……!」
降谷君の口元に手のひらをかぶせて、自分から彼の顔を引き離す。何でそんな、なんで?みたいな顔してるの?話聞いてなかったの?
彼はムッとしたと思ったらすぐに、何を思ったのか降谷君は私の手を引いて、床に座らせる。な、なんで床に……冷たいし、きれいじゃないから、あんまり座らないほうが、ってこの人聞いてくれないだろうなあ。
「机があって、ここなら多分見えない」
「え?あ、降谷く、」
「見えないなら、いいよね」
全然よくない!降谷君がかぶさるみたいに私に寄りかかってきて、そのまま頬やら鼻やら頭やらにキスをされる。重いし、恥ずかしいし、あ、やだ耳にまで!
降谷君の手が私の体の線をなぞるみたいに、撫で上げる。これ、キス、キスで済むよね!?
「顔赤い」
「降谷君のせい、ん!?」
「しー、誰かに見つかったらダメなんでしょ?」
「……っ、っっ…」
納得いかない。確かにこの状況で誰かに見つかったら相当まずいけれど、この状況にしたのは降谷君なのに。なんで私が諭される側?
「かわいいね」
「降谷君のばか……」
「ごめん」
「んっ、耳元でしゃべんないで、あ、ちょ、な、舐め……!?」
「かわいい」
「や、やめ、あっ」
公共の場で私は何でこんな目に……、そりゃイヤじゃないけど、むしろ気持ちいいけど……!相手が降谷君というだけで、こんなに抵抗できないなんて思ってなかった。いくら好きな人でもこんなとこでこんなことされたらイヤだと思ってたのに……!
「そんな顔するのに、まだ、ダメ?」
そういう聞き方は、ずるい。
20150424
わるいこだあれ