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そのいち、浮気はバレないように。
冗談みたいにした約束は、簡単に破られてしまった。でも、ほんとうは浮気なんてしてほしくなかったんだよ。バレないように、じゃなくて。
「あーっと。その、悪い」
軽い謝罪に、うんと頷く。
とても情けなかったけど、なんというか、納得できてしまう自分がいた。この人はかっこいいし、器用だし、野球だってとても上手だ。私よりもすてきな女の人がいくらでも、選べる人なんだ。


ふたつめ、お酒は飲み過ぎないように。
「今日は帰りませーーーーん」
お酒は大好き。楽しくなれるから。
迷惑そうにしてる貴子先輩には申し訳ないけれど、きょうは、ちょっとだけ、おうちに帰りたくないなあなんて。
「アンタ飲み過ぎよ、いい加減にしなさい」
「きょうだけ〜きょうだけ〜後生ですからあ〜」
「もう、本当に帰れなくなるわよ」
「…いーんですぅ、きょうは、かえらなくてもいーんですもん」
「珍しいわね、御幸とケンカでもしたの?」
「うふふ、どうですかね〜〜」
ケンカなんてしてない。あの場で声を荒げることはなかったし、そのあとはお互い普通だった。うそ、私は普通じゃなかったけど、一也は普通だった。そんなもん、そんなもんなんだろうなあ。
「たかこせんぱーい、きょう泊めてください」
「嫌。帰りなさい」
「だめなら、わたししらない人とホテルいっちゃいますからっ」
「……本気で言ってるの?それ」
「やだなあ、じょーだんです。そんなの、そんなの、うふふ」
おいしいなあ、なんて味もわからないお酒をグイグイ飲む。おかしいなあ、どんなに飲んでも、一也のことがあたまから離れない。さみしい。かなしいなあ。もうだめかもしれない。
「何かあったなら、ちゃんと言いなさい。私が聞いてあげるから」
せんぱいはやさしい。じんわりと手があったかくなって、目元が緩んだ。せんぱいはやさしいのに、お酒は美味しいのに、ぜんぜん楽しくない。やだなあ。


みっつめ、連絡はきちんとするように。
がたがた、ごとごと。電車に乗ってるみたいな振動を感じて目を開けたら、そこは居酒屋でもなんでもなかった。
「……たかこせんぱい?」
「貴子先輩ではねーな」
「あーーかずやだ」
「うん、一也です」
たくましい背中は貴子先輩ではなかった。なんで一也は私をおんぶしてるのかな。貴子先輩はどこだろう。
「貴子先輩、だーいすき」
「はっはっは、だから俺貴子先輩じゃねーって」
「きょうは、帰らないんだあ。せんぱいとずっといるんだあ」
「いやいや、帰るから。貴子先輩もう帰ったから」
「一也のとこ、かえりたくないよお」
「……それってやっぱり俺が浮気したから?」
「うわき……あー、そうだった、うん、うわきね、うわきがね、あーうわきかー」
一也はほかの女の人と浮気しているので、私はおうちに帰らなくてもいいのです。あれ、でも一也ここにいるな。一也のせなか広いなーたくましいなーあったかいし、いい匂いがする。すき。
「一也に会いたいなあ」
「ここにいるけど」
「ふふ、一也はうわきしてるんだよ」
「……相当酔ってんなあ」
「かずやー、すきだよー、すてられちゃったけどさあ」
「いつ俺がお前を捨てたよ」
一也の声がして、なんだか、涙が出そうだ。いつもかっこよくて、ちょっと意地悪なとこも、ほんとはやさしいとこも、すき。だいすき。私がこんなにすきなんだから、ほかのひとも一也のことがすきにちがいない。
「……むしろ、俺が捨てられたかと思ったよ。何も言わないでいなくなるし、帰ってこねーし」
「うーーん……」
「あ、寝ちゃうのね」
「かずや、会いたい……」
「……うん」


よっつめ、目を見て話をするように。
頭が割れるように痛い。気持ちも悪い。
ふ、二日酔い……。調子乗ったな、昨日……貴子先輩の言うとおりやめとけばよかった。
「……、」
一也がいる。抱きしめられて、寝ていたらしい。あつい胸板が顔のすぐそばにあって、おもわずTシャツ越しに触ってしまった。あったかい。一緒に寝たの、ひさしぶりだなあ。昨日のことぜんぜん思い出せないけど。もったいないことしたかもしれないなあ、なんて。
ああ、もしかして、私がせがんだのだろうか。思い出をくれ〜〜とか言って。あ〜〜、ありそうで怖い。
「起きた?」
「……あ、うん」
「…気分は?」
「あ、んまり……」
「お前すげー酔ってたからなー」
「やっぱり……ごめん」
「いいよ、俺のせいだし」
べつに一也のせいじゃない。まあ、一也のせいって言ったらそうかもしれないけど、浮気される方にも問題があるっていうし、魅力がない私が悪いのかも、しれないし。あれ、なんだか、頭が回らない。
「俺が悪かった。ほんとごめん」
「一也?苦しい……」
「もう絶対浮気しないから、何でもするから、黙っていなくならないでくれ」
「な、何で一也が泣くの?」
締め付けられるぐらいに抱きしめられて、息が苦しい。胸板に押し付けられた顔が痛い。頭の上から聞こえる鼻をすする音が聞こえる。いつもより速い気がする心臓の音も聞こえる。なんで、一也が苦しそうなの。
「好き」
「あっ、えっ、わたしも、好き」
「……なあ、もっと怒って。殴ってもいいよ。ワガママも言ってほしいし、ああしてとか、こうしてとか、もっと言って」
「……」
「黙って出てって、俺の知らねーとこでベロンベロンになるのやめて……知らねー男とホテル入るとか言うのも、やめて」
頼むから、って泣く一也にどうしていいか分からなくなって、私も泣きそうになった。私はどうやら、まだこの人に愛されているらしい。
「じゃあ、お願い。きいて」
「うん、なんでも聞く」
「バレないようにじゃなくて、浮気、しないで」


20150319
きみのわたしのそういうところ