「春市!!大丈夫!?」
こんな夜に大声で叫びながらドアを開けるのは、ビックリするからやめてほしい。突然、寮まで乗り込んできたマネージャーにみんな驚いて、目を見開く。呼ばれた自分の名前に、何のことか分からず首をかしげると、適当に靴を脱いだ先輩がすごい形相で僕に近寄ってくる。
「ひどいことされてない?怖かったよね、よしよし」
「えっ、ちょ、何のことですか?」
「もう男子寮なんて危ないところじゃなくて、私のうちに行こう?大丈夫、ちゃんと責任持って面倒見る」
「は、はあ…、先輩、苦しいです」
ぎゅううう、と思い切り抱きしめられて、思わず体が固まった。女子も意外と力強いらしい。嫌ではないけど、他の人もいる中でこんな風に抱きしめられるのは恥ずかしくて、顔に熱が集まる。
この人の言ってることはよく分からないけど、とりあえず僕を心配しているみたいだ。
「なあにやっとんのじゃ、お前!!セクハラやぞ!!」
「ゾノうるっさ!ていうか服着てくれない!?見苦しいな!」
「お前が勝手に乗り込んできたんやろうが!!男子寮は女子禁制なの知らんのか!アホ!」
「緊急事態なんだからちょっとくらい見逃してよ!」
「緊急時態!?何やそれ!」
「私の可愛い春市が、春市が〜〜!!」
このとおり、僕はなんともないのだけれど、先輩はそうは思ってないらしい。背中に回った腕にさらに力が入った。本当に苦しい。首元にあたる先輩の髪もくすぐったいし、ちょっといい匂いがするしで、さらに苦しい。切実に離れてもらいたい……。
抱きしめるわけにもいかず、先輩の背中のあたりで宙に浮いていた手で、彼女の背中をやんわり叩く。
「先輩、僕がどうかしたんですか?」
「そんな気丈に振舞わなくていいんだよ、大丈夫だからね」
「あの、だから何の話ですか?」
「え?へ、変質者に、襲われたんでしょ?」
「変質者…?」
ゾノ先輩が吹き出す音が聞こえた。
「ちょっと待って下さい。何ですかそれ」
「え?え?」
「誰がそんなこと言ったんですか?」
「み、御幸からメールが……」
「お前何べんアイツらに騙されるつもりなんや!!いい加減学べ!」
ゾノ先輩に怒鳴られて、初めて自分が騙されていたことに気づいたらしい先輩は顔を青くしたり赤くしたりと忙しそうだ。この人、いつも先輩たちにからかわれてるからなあ。
そっと僕から離れた先輩はその場で正座をする。笑ってしまうくらいに真顔だった。
「ご、ごめん、春市……でも、その、心配で、春市が知らないおじさんに襲われたって聞いて、いてもたってもいられなくなって……」
「……」
確かに僕はあんまり男らしくないかもしれないけど、こんな嘘あんまりだし、それを素直に信じてしまうこの人もあんまりだと思う。僕だって男だし、もしそんなことが万が一あったとしても、バットで応戦するくらいの気概はある。
彼女は僕のことをなんだと思っているんだろう。これでも一応、男子高校生なんだけれど。可愛がられるのは嬉しいが、正直こんな扱いは納得いかない部分もある。
「でも、無事でよかったあ」
それでも、こんな顔でこんなセリフを言われてしまうと、変に責めることも詰め寄ることもできなくて困ってしまう。扱いにくくて、困った人だ。
「僕は大丈夫ですから、次は騙されないでくださいね」
「はい……」
「それからこんな時間に一人で男子寮までくるのもダメですよ。先輩の方が襲われちゃいます」
「ええ、そんな、春市がピンチなら私はどこにだって駆けつけたい……」
「そんなピンチはそうそう訪れません」
「はい……」
むしろ、僕よりも先輩の方がずっと危ないということに、いい加減気づいて欲しい。騙されやすいし、リアクションが大きいし、この人にイタズラしたら多分すごく楽しいだろうな〜みたいな。そういうところがあるから、御幸先輩や倉持先輩に遊ばれてしまうんだ。まったく、面白くない。
「じゃあ、送ってくんで、外出て下さい」
「え、あ、待って!御幸にガツンと言ってから……!」
「こんな時間に男の部屋に行くなんてダメに決まってるじゃないですか」
「ええ!?じゃあこの怒りはどうすれば……」
「僕が言っておきますから、今日は帰りますよ。ね?」
「クッ……その、ね?はズルい……逆らえない……」
男として意識されてないのはちょっとムカつくけど、まあその分距離が近くてこれはこれで楽しいからいいか。もうしばらくはこのまま、この人の可愛い春市のままでいてあげよう。
ぶちぶち言う先輩の背中を押す。先輩は僕のためならいつでも駆けつけてくれるという。無自覚でもなんでも僕のことがそんなに好きだというなら、悪い気はしない。
「おじゃましました〜、いや、悪かったねゾノ」
「ホンマにな」
「また来るね!」
「いや来んな」
「バイバーイ。明日ね〜」
「聞け!」
誰に対しても基本的に遠慮がなくて、僕になんか、すぐにくっついてくる、そういう態度が、憎らしい。三年間野球漬けだと覚悟して入学したから、こんなふうに女の子と触れ合えるのは嬉しいけれど、その分我慢も多い。他の人にいったら怒られそうな幸せな悩みだろうけど。
先輩には先に外に出てもらって、靴を履く。二人っきりの夜道に少し不純な期待をしてしまっていることは先輩にはまだ秘密だ。
「小湊も大変やな」
「そうでもないですよ?僕、先輩のこと好きですし」
「は……は?」
「だから、ゾノ先輩も、あんまりちょっかい出さないであげてくださいね?」
20150411
可愛げな監獄