「太刀川さーん!一緒に帰りましょー!」
まるで学生の放課後のように、そいつは軽やかに現れる。
「お前……もう11時だよ。学生がなにしてんの」
「サービス残業です」
ブラック!と騒いでいるそいつを見て、少しだけ笑う。この女はたとえ激務だった日の11時でさえこんなに元気だ。若さかな、やっぱ。3つほどしか変わらないのにそう思ってしまう。
「太刀川さんこの後私を無事お家に送って、そのまま速やかに帰宅するんですよね?」
「いや何それ」
「飲み会とか合コンとかキャバクラとか行きませんよね!明日も任務だし!」
「……お前俺の予定知ってんの?」
「迅さんに聞きました」
「あー」
得意げなこいつを尻目にため息をつく。そういや今日は迅に会ったんだった。こんなしょうもない未来阻止してどうすんだアイツ。大方、この目の前の女子高生に問い詰められたんだろうけど。アイツは中々この女に弱い。
「コンビニ寄って帰りません?」
もうお前と帰るってことは確定してんのな、と思いながらやる気のない返事をした。バチバチと痛いくらいの笑顔が背中にぶつかってくる。そんな顔されたら、テキトーにあしらうこともできない。


「ここって街灯少ないですよねえ」
隣を歩くそいつは続けて、物騒ですよねえと呟く。俺は否定も肯定もせずに曖昧な返事をして受け流す。こいつと俺の会話なんて8割がこんな感じだ。
「わー太刀川さん手あったかーい!」
「おー」
「私末端型冷え性なんですよ」
「何で手つないでんの?」
「え?ダメですか?」
「ダメじゃないけど」
さも当然、という感じで自然につながった手に疑問を抱きながらも、ほどくことはしない。自己申告通り、冷たい手だ。
俺の手が特別暖かいというよりは、こいつの手がとても冷たいんだろう。
「そーいや迅にさ、兄妹みたいだって言われた」
「私たちですか?」
「それ以外に誰がいんの」
「どっちかっていうと親子じゃないですかあ?」
「そんな歳離れてねーだろ」
「私からしてみれば太刀川さんはもうおっさんですよ」
「それじゃあ忍田さんとかどうなんだよ。おじいちゃん?」
「忍田さんに太刀川さんがおじいちゃんって言ってましたよって言っちゃお!」
「やめろ」
きゃっきゃっと楽しそうに笑ってる女の頭を軽くはたいて、暗い夜道を歩く。コンビニまでの道のりは長いようで案外短い。
「からあげ食いたくなった」
「私も!ありがとうございます!」
「いや、なんで奢られる気まんまんなの」
「ダメですか?」
「ダメじゃねーけどさ……」
お前のダメですか?は全然疑問系じゃねえんだって。有無を言わせない眩しすぎる笑顔に苦笑いを浮かべた。
「お前今度模擬戦つきあえよ」
「え〜〜私スナイパーなんですけど」
「アタッカーのが向いてるよ、多分」
「テキトーなこと言わないでください!」
「マジだって」
飲み会行けねえって連絡しなきゃなあ、なんて。さっさとこいつ送って、黙って飲み会に行けばいいっつーのに、なぜかこいつの顔見てるとそんな嘘さえつけない。義理も何もないのに。
「からあげ奢るからお前なんか飲み物買えよ」
「高校生にジュースせびるんですか?」
「大学生だって変わんねーよ?」
「太刀川さんまだ大学生でしたっけ?」
「どういう意味だよ」
「単位取れなくてやめたかと」
「えっ」
高校生にそんな心配されると情けなくなる。ぎゅっと手を握られて、そっちに目を向けると楽しそうなそいつがニコニコ笑ってる。
「ダメな大学生でも、私は太刀川さんのこと大好きですよ!」
「……よしよし」
「私が太刀川さんの分まで立派な大人になります」
「おー」
「だからずっとボーダーにいてくださいね、一番でかっこいい太刀川さんでいてくでさいね」
強く握られた手からは、離さないでという声が聞こえてくるようだった。ボーダーには、家族や親しい人をネイバーに殺されたやつが結構いる。こいつもその中の一人だったような気がする。よく知らねーけど。
「お前は俺に何を求めてんの」
「からあげですかね」
「今の話じゃなくて」
「……太刀川さんがそこそこ元気で、私にかまってくれれば、それでいいです。健気でしょ?」
それ自分で言ったらダメなやつだろ、と思うけどやっぱりこの笑顔を前にしたら何にも言えなくなった。
妹がいたらこんな感じだろうか。ほっとけないし、逆らえないし、恋人なんかよりもずっと面倒くさいじゃないか。気持ちとは裏腹にゆるゆると上がっていく口角をごまかすようにあくびをした。

20150209
手足をふるって明るくゆこう