最近変な人に付きまとわれて困っている。
「なあ、いつになったら、番号教えてくれんの?」
「はあ」
きっかけとなった彼との数奇な出会いについては話が長くなるので置いておくとする。そこは別に重要ではない。
チャラチャラした見た目をもち、チャラチャラ言動をするその人は、なぜか私をかまい倒したいらしい。ハッキリ言って迷惑極まりない。
「いっつもそれだよな〜、はあって」
「はあ」
「ぜんぜんケー番も教えてくれねえし」
「はあ」
「もっと言うとこっち見もしないし」
「あの、しつこいんで無視してもいいですか?」
「やだよ!でもちゃんと許可取ってくれるその姿勢は好きだ!」
「はあ」
本当に、迷惑極まりない。


「アンタ蔵王立と知り合いなの!?」
「え、ああ……うん、まあ」
「やめときな!!!」
友人に肩を掴まれてガクガク揺らされる。参考書がずり落ちそうになったので、慌ててちゃんと持ち直す。
蔵王立とは確か、あの傍迷惑なチャラチャラした男の名前だったはず。何だ?彼は有名人なのか?
「女ったらしで有名な男だよ!!アンタ絶対遊ばれてるでしょ!」
「遊ばれてるっていうか……付きまとわれてる?」
「ストーカー!?」
「いや、そんな大層なもんじゃ……」
「ていうか蔵王が引っ掛けんのってギャルとか派手な子ばっかなのに、何でアンタが標的に…!?」
それは私にも分からない。なぜ彼のような派手な男が私にかまうのか、まったく分からない。
そもそも私と恋愛的な意味であそんだってつまらないだろう。普段から積極的にあそんでいるなら尚更。
「女の趣味変わったのかな…?まあ何でもいいけど、気をつけなさいよ!」
「うん。あ、もういい?私数学の予習したいから」
「もーー!!!!」


「ヤッホー、買い物?」
「……やっぱりストーカーかもしれない」
「えっ、何!?ストーカー!?えっ俺!?」
「こっちの話です」
本屋で新しい参考書を選んでいたら、蔵王立が現れた。最近はよくあることだ。やっぱりストーカーなのかもしれない……。
「何々、英語?うわっ、これ超難しいやつじゃん」
「……」
「そういやイオもこんなのやってたな〜。あ、イオって部活が同じやつだからね!女の子じゃないから安心して!」
「どうでもいいです」
「またまた〜!」
「……蔵王君」
私が手に取っていた参考書を興味津々に覗きこんでいる男は、女ったらしで有名な蔵王立だ。女といるとこ見たことないけど。
「ん?何?」
「友達が、」
「うん」
「蔵王立は女ったらしだから気をつけろって言ってました」
「えっ!?」
参考書がズラッと並ぶ棚の中から、〔猿でも分かる〕という文字列をなぞる。勉強しても勉強しても、いろいろ、分からないことばっかりだ。
「私を相手取って楽しいですか」
「ちょ、ちょっと待って」
「何ですか」
「もしかして今、俺フられてる?」
「……」
真っ青な顔でそんなこと言うものだから、思わず脱力した。本屋の角で何をしてるんだか。
「……とりあえず、これ、買ってきます」
抱えた参考書はいつもより重たく感じた。


「率直に言って私はクソ真面目です」
「……うん」
「ガリ勉で化粧っ気も茶目っ気も可愛げもないです」
「そ、そんなに自分を卑下すんなよ」
「だって、本当のことだから」
本屋近くの公園は人がいなくて、ガランとしている。重たいカバンをベンチの上に置くと、肩の力も抜けた気がした。
カバンにはたくさんの参考書と教科書がつめこんであって、化粧品だとか絆創膏だとかが入るスペースはない。だから私はこんな感じなのだろうな。
「正直、蔵王君が私にかまう理由がわかりません」
「……」
「……」
「……そんなの、」
「……」
「俺もわかんねーよ」
足元を野良猫が通り過ぎていった。なんて空虚な時間だったんだろう。
「待て待て待て!」
「帰ります」
「違うって、今のはあの、違うんだって!」
「帰ります」
自分の行動理由が分からないなんて、そんなバカな話あるだろうか。
「とりあえず座ろっか?な?」
「……何がしたいんですか、本当」
「何がって」
「男女交際を楽しみたいなら私でない方がいいと思います」
「……」
蔵王立が珍しく黙ったので、顔をそちらに向けると、なぜだかものすごく傷付いた顔の彼がいた。?
「……楽しむために惚れたんじゃねーよ」
「はい?」
「クソ真面目だろーがガリ勉だろーが化粧っ気なかろーが!」
急に大きな声を出すから驚いて肩がびくりと震えてしまった。怒ったような傷付いたような顔でこっちを真っ直ぐ見つめる蔵王君から目が離せなくなる。
「惚れちまったもんはしょうがねーだろ!クソッ好きだ!」
「!?」
「確かに今まで俺が付き合ってた子とアンタは全然ちがうし、アンタぜんっぜん俺に靡いてくんないけど!!」
「ちょ、」
「でも好きなんだもん!簡単に諦められねーよ!!それが愛っつーもんだろ!」
「あ、あい……?」
やたらと大声で愛について説かれたのは初めてだ。そもそも愛だの恋だの、そんな目にも見えない、実証もできない、不確かなものを信用するなんておかしな話だ。そういうものが一番、理解できない。
でも、目の前の男は私が理解できないものを大真面目に信じているようだ。
どさっと重たい音を立てて私のカバンが倒れた。先ほどの本屋で閉め忘れたのか、開いたままのカバンから参考書や教科書がすべり出てしまった。
「…そんな科学でも数学でも証明できないもの、知りません」
「証明できるもんだけが全てじゃないだろ!?あ、さては宇宙人も幽霊も信じない派だな?」
「愛よりは信憑性があるでしょ」
「えっそれマジで言ってんの?」
蔵王立の言葉も態度もいちいち理解ができなくて腹が立つ。びっくりした顔をした彼が立ち上がって、私の前に影を作った。ピンク色がキラキラして眩しい。
全然理解できないのに、恋愛にうつつを抜かすなんてバカのやることなのに、どうして彼はこんなに楽しそうなのだろう?彼が羨ましいと、感じてしまうのだろう?
「知ってるか?愛が地球を救うんだって」
「……綺麗事にきこえます」
「だーよなー、普通はそう思うよなー。でも最近は、それもあながち間違ってもいねーのかなって思うわけよ」
「はあ。……まあでも、本当に愛があるなら、救ってみてくださいよ」
「へ?」
「地球」
ラブアンドピースを謳う若者の時代なんてとっくに終わったと思ったけど、まあそんなに言うなら一度くらいは信じてみてもいい。気恥ずかしくて口を尖らせながらそんなことを言うと、逆光で暗くなっている蔵王君の顔がほころぶのが分かった。結構な無理難題だと思うのだけれど、彼はなぜか自信満々らしい。
「任せろ!」


20150312
教科書に書いてない物語