やさしいね、そう言って笑う君が嫌いだった。おれは、やさしくなんかない。ぜんぜん、やさしくなんかないんだよ。彼女に、気付かれないように気付かれないように、こっそりと身にまとっていたお手頃なやさしさもどきも、そろそろ限界がきたらしい。

「あさ、ばくん?」

ベッドの上に押し倒した彼女の長い髪がシーツの上で広がっていて、とても、きれいだと思った。君は何も知らない。おれがどんな思いで君にやさしくしていたのか。顔の横に両手をついて、おれの下にいる彼女の驚いたかおを眺める。

「スミマセン」
「え?」
「下心で、やさしくしてました」

二重瞼を動かす度にきらきら光る彼女の目になにか耐えられなくなって、目をそらした。嫌われたかな。けいべつ、されたかな。上手く働かない頭でおなじような意味をもつ言葉が旋回をつづける。
そっと右手を動かして、彼女の頬に触れる。あつい。すべすべだし、柔らかい。自分とは違う肌の感触に驚きながら、彼女の肌を撫でる。かわいい色に染まるその頬を見て、眉を寄せる。

「…あの」
「…っ」
「そろそろ嫌がってくれないと、こっちも困るというか」

止まらなく、なってしまうんですが…と弱々しく音をつむげば、触れていた頬はさらに熱量が増したようにかんじた。そんな反応を、しないでほしい。やさしくできなくなる。彼女は簡単に、おれの思考をぐちゃぐちゃにするくせに、また可愛く笑うんだ。とても厄介で、いとしい人。

「嫌じゃ、ないよ」
「え」
「やさしくしてくれる、なら…」

倒置法を用いた彼女のセリフはおれの理性を使い物にならなくさせるには充分すぎるくらいの破壊力をもっているわけでして。恥ずかしいのか、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でたまらないことを言う彼女はほんとうに、ずるい。

「いいの?俺で」
「浅羽君いがいじゃ、さすがに嫌です」

困ったように眉を下げてへにゃりと笑う君には敵わない。確信犯なんじゃと疑ってしまうほどに、男を揺さぶるかお、ことば。きっとおれは、彼女のすべてに欲情している。

「名前、呼んで」

彼女の首にかおを近付けて、距離をうめていく。もう嫌がられてもやめられないかも、なんて思ってしまう俺はやっぱりやさしくなんかないのだ。


20130302
愛とやさしさの相関性