今日は天気が悪い。
「雷!最悪!うわあああ!」
「雷よりお前の叫び声のほうが最悪だよ。鼓膜破れるわ」
「……ピアノに集中できない恐れがある」
「あー…でも、音楽室って防音じゃねーの?」
「外の音はよく聞こえてくる」
「ドンマイ」
「他人事だと思ってるな!」
「がんばって気にしないようにしろ」
「そりゃ、集中に入れれば雷なんて気にならないけど……それに入れるかどうか分からない」
空が暗いのとか、急に光るのとか、地鳴りみたいなおどろおどろしい音とか、好きじゃない。
やっぱり早く帰ってればよかったのだ。
「イヤアアアアアア!」
いつものように課題曲の練習をしていたら、突然電気が消えた。雷の音がドーンと鳴った後だ。
「て、停電……?」
学校の近くの電柱とかに、落ちたのだろうか。一瞬にして真っ暗になったので、びっくりして思わず椅子から滑り落ちてしまった。いってえ。
たぶん、もう7時くらいだろう。校舎にはきっと、ほとんど誰も残ってない。
「……怖い」
ズルズルと椅子によじ登り、鍵盤に指を添える。大丈夫、なんとか鍵盤は見える。ちょっと経てば、電気も復活するはずだ。ここにあるのが電子ピアノじゃなくて、よかった。
「いつまでピアノを弾いてるんだよお前」
「ぴりゃあああああ」
「はっはっは、驚き方ブスだな〜」
電気がつかないままピアノを弾いていたら、いきなり誰かに声をかけられた。驚いてまた椅子から落ちてしまったじゃないか!いってえ!
「誰だよ!びっくりしたなあもう!」
「俺」
「……暗くてよく見えないんですけど、御幸?」
「そう」
「何してんの?」
「いやこっちの台詞だから」
停電してる中、エレクトリカルパレード弾くやつがいるか?という言葉にちょっと恥ずかしくなった。ほっといてくれ。気を紛らわすためには必要なんだ。
「うるさい。御幸は何でここにいんの」
「電気、いつつくか分かんねーんだと。だから、校内に残ってるやついたら帰せって監督が」
「そうなんだ……」
「停電してたら練習もできねーし、俺ら暇だからな」
「真っ暗で野球したらさすがに危ないもんね」
「おー。というわけで、みょうじ帰れ」
帰りたかったから、ちょうどよかった。真っ暗な校舎を一人で歩くのはちょっと無理だと思った。
「…悪いんだけど、駐輪場まで、一緒に行ってくれないかなあ」
「はあ?怖いの?」
「怖いっていうか、雷鳴ってるし……」
「要するに?」
「心細い」
「あっそう」
「ちょ、何でもう行こうとしてんの!?置いてくの!?ちょ、待てよ!」
「ネタが古いんだけど。つーか俺まだ見回らねーといけねーから」
「そのついでに駐輪場まで送ってくれてよくない?かよわい女の子が怯えてんだぞ」
「かよわい女の子はもう皆下校したわ」
「ふざけんな、まだここに一人います!」
結局送ってもらうことになった。
「つーかさ、怖いんならひっつくとか、もっとこう…そういうのねえの?」
「……」
「なんでそんな微妙な距離を保ってんだよ。せめて隣来いよ」
「前に人が歩いていると思うとちょっと安心できる」
「みょうじに女子力が足りねーのって多分そういうとこだからな」
「ほっといてください」
御幸の持ってた懐中電灯の明かりだけで歩く廊下は、正直不気味だ。べつに幽霊とか、そういうのは怖くない。私が嫌いなのは雷の音。うるさいし、急に鳴ってびっくりするし……とにかく嫌なものは嫌だ。
「……」
「だ、黙んないでよ。喋ってて」
「無茶言うな〜」
「気を紛らわせたい!」
「知らねーよ、もう少しだから頑張れ」
「……」
「……」
「……あのさ」
「ん」
「あー…ありがとう、来てくれて」
誰か来てくれなかったら、私あそこで雷がやむまでずっと、ピアノを弾いていたかもしれない。
「そう思うんなら、隣歩いてくんない」
「うー、分かった。……なんか、冷や汗すごいね?」
「そんなことねーよ」
「いやビッショビショだよ。大丈夫?」
「そんなことねーって」
「もしかして、怖い?」
「……」
「……手、つないであげようか?」
「いらねーよ!」