まっすぐひねくれる | ナノ
音楽室から見える景色が好きだ。
「最近、やけに練習に熱が入ってるな」
「そうですか?」
「良いことだ」
「あー…確かにピアノ触ってる時間は長くなったかも」
「やっぱ留学行ったのがよかったのか」
それもあるかもしれない。色んなことを知って、見て、触れて。そんなことがあると無性にピアノが弾きたくなる。
「私、わりと今までふわふわ生きてきたんです」
「だろうな。成績表と生活態度を見る限り」
「私ピアノバカなんで」
「いやその前にお前はただのバカだ」
「ちょっと今センチメンタルな話してるんで黙って聞いてください」
咳払いをして、改めて話し出す。
「失恋しました」
「……また突然だな」
「それで、いろいろあって友達に励ましてもらったんです。ピアノで」
「ほう」
「これがまたへったくそなピアノなんです。へたくそすぎて泣いちゃいましたよ」
「……」
「でも、なんか、すごい、こう、感動したというか」
「……」
「音楽ってすごいですよね」
音から伝わる気持ちもあるんだなあ、と思った。不思議だ。
「やっぱり恋すると女は変わるな」
「…失恋しましたけどね」
「恋っつーのはな、男と女がするもんじゃないの。人間同士がするんだよ。友達でもライバルでも親でも、大切なら全部それは恋なんだよ」
「深い……」
「そういうやつらを大切にしろ」
「はい」
「お前のピアノはもっとよくなる」
「…はいっ」
御幸は、性格悪いけど、やさしくないけど、いいやつだ。いてくれて、よかったと思う。言えないけど。
正直、失恋したショックよりも、やつとケンカしたショックのほうが大きかったくらいだ。
「ほら、いつまでも休憩してないで練習しろ」
「はあい」
「あ、そういえばお前次のコンクールの自由曲、何にするか決めたか?」
「ああ、もう締め切りですよね」
「課題曲はいいとして……自由は個性出るからな」
「はいはい!私やりたい曲ある!」
「何だ?」
「モーツァルトの『ああ、お母さん、あなたに申しましょう』の主題による12の変奏曲!」
ムカつく友達に、私のほうが上手に弾けるんだって、見せつけてやるために。
「…まあみょうじがやりたいならそれでいいんじゃないか」
「はい!」
「分かりやすいな〜お前は」
「え!?どういう意味ですか!?」
「友達に弾いてもらったの、これだろ」
「えへへ」
「みょうじの照れ笑い怖いな……」
「失礼ですよ、先生!」
選んだ曲は、モーツァルト、K265、通称きらきら星変奏曲。