猛暑に次ぐ猛暑。今年の夏は本当に暑い。
「冷たいものしか喉を通りません」
「腹壊すぞ」
「そういう先輩も、ゼリー飲料でごはんを済ませてるの、知ってますからね!」
「何で知ってんだよキメェな」
昨日先輩のうちのゴミ出したの私だからなんですけど!怒りを堪えつつ、私はお皿を机の上に置いた。
「今日は冷やし中華です!夏の定番といえばコレですね」
「おー」
「酸味を抑えて外国人の先輩にも食べやすくしてあります。マヨネーズをかけるともっとマイルドになります」
冷やし中華の麺自体はスーパーで買ったものだし、そこまで手の込んだ料理ではない。しかし、薄焼き卵を作ったり、キュウリやハム、トマト、キクラゲなどのトッピングを用意するのは楽しい。カラフルな見た目もすてきだ。
「最近体重が落ちた先輩のために、高カロリーな天ぷらも用意しました。ゼリーばかりじゃ死にますよ!」
「余計なお世話だっての」
大葉やナス、桜海老のかき揚げ、玉子など。油分が足りてない先輩のためにがんばって揚げてきた。ちなみに玉子は冷凍したものを殻を剥いて、揚げている。こうすることによって半熟の玉子の天ぷらが出来上がるのだ。
「天つゆとお塩、両方用意してあります。塩も美味しいですが、おすすめは天つゆですね。サクサクの天ぷらを天つゆにじゃぶじゃぶ沈める背徳感はたまりません!」
オリジナルブレンドの天つゆを差し出せば、先輩は少し期待した目で天ぷらたちを見た。
「今日は私が観たいドラマとお父さんが観たいボクシングの試合がかぶったので、先輩のうちでドラマ観てから帰ります」
よろしくお願いします、と頭を下げると先輩は苦々しい顔をした。最近、だいぶ先輩のうちに上り込むことに抵抗がなくなってきたところである。先輩も私を追い払うだけの気力がないのか、基本的に好きにさせてくれている。
「先輩ってテレビ観ないんですか」
「観ねえ」
「面白いのに」
ソファに座って待っていると、テレビでは私の楽しみにしているドラマ『リボ子のお料理殺人事件簿』のオープニングが始まった。先輩は私から離れたところに座って、タバコに火を付けた。
「ええ〜〜ここで吸うんですか!」
「俺の家だぞ、好きに吸わせろ」
「病気になりますよ!」
うるせえ、とばかりに顔に煙を吹きかけられて、私はゴホゴホとむせた。意地が悪い。私がガンになったらどうするんだ。
「スゲー顔」
先輩はケラケラ笑った。意地悪すぎるけれど、まあ、しかめっ面よりはそっちの顔の方がいいなと思った。
「一本ください」
「はあ?吸うのかよ」
「見たいだけです」
しゃーねえな、と一本箱から出して、彼は私に渡してくれた。紙で包まれた白い棒状のもの。健康によくないし、値段は安くないし、いいこと一つもないのになあ。煙だってビックリするほど苦い。どうして先輩はこんな美味しくないもの、好きなんだろう。
ハンカチを取り出して貰ったたばこを丁寧に包み込んだ。
「どーすんだそれ」
「部屋に飾っておきます!」
「ホントよく分かんねえやつだな」
私だって先輩のことよく分からないし、簡単に私のこと分かってもらっても困るし。お父さんやお母さん、学校の先生、きっと他の大人に見つかったら没収されるであろう一本のタバコ。それは私にとって、未知の存在であり、何だかとてもすてきなものに思えた。