「先輩、薬膳って知ってますか」
「なんだ突然」
「次のコンテストのテーマが、薬膳なんです」
コンテスト?と訳の分かっていない顔をする先輩に意気揚々と説明してあげた。我が家庭科部は毎年二回、創作料理コンテスト中学生の部に出場している。個人戦と団体戦があり、味、美しさ、オリジナリティの観点で評価され優劣を争う。去年は私は小学生の部で出場し、準優勝している。
「それで、あの……今日は試作品を召し上がっていただきたく」
「持ってこい」
「いいんですか!ありがとうございます!」
「ちょーど腹減ってるし」
先輩は机に向かって何やカリカリやっていた。後ろから覗き込んだから、訳の分からない象形文字が並んでいてびっくりした。先輩は象形文字が使えるんだな、さすが、頭がいい人は違う。
夏休みなので、平日にも関わらず、私は先輩のうちに行って宿題をしていた。補習が終わった後も、なんだかんだ先輩は私の勉強を見てくれていた。この人は人を怒鳴りつけるタイプのヤンキーだが、根は結構優しいのである。
「じゃあ、すぐに支度して持ってきます!」


「口に合うかは分からないんですけど……」
私は深めのお皿をおそるおそる先輩の前に出した。試作なので、あまり自信がない。
「鶏肉?」
「サムゲタンです。韓国料理の一つで薬膳料理としても知られています!」
高麗人参などの漢方やもち米、それにニンニクなどを鶏肉と一緒に煮込んだ韓国の夏の定番料理である。韓国料理は結構好きで、キムチなども自作したことはあるが、やはり漢方の扱いは難しい。漢方特有の風味をどうするか、私は悩んでいた。
「お肉は手羽元と手羽先を両方使っています。どっちも捨てがたかったので……」
「優柔不断さが出てるな」
「難しい四文字熟語を使わないでください!」
さっきの小テストに出しただろーがぶっ飛ばすぞ、と脅されて私はあわてて口を噤んだ。余計なことは言うものではない。
香辛料を多めに使ってスパイシーに仕上げたので、先輩は食べながら汗をかいている。夏向けなのかこれ、という言葉に何度も頷く。
「韓国ではサムゲタンは、日本でいう土用の丑の日に食べるウナギのような存在として知られています。夏バテした時はこれ、と言われています!」
「そう言う知識ばっかりは頭に入ってんだよな、お前」
「お褒めに預かり光栄です!」
「全く褒めてねえけど」
鶏肉の部位を変えたもの、香辛料の種類を変えたものなどまだまだ試作品はある。先輩の前にそっと並べていくと、彼は口元を引きつらせた。
「まさか、これ全部食えとか言わねえよな」
「えっ、食べてくださらないんですか?」
「……本気か」
「私が本気じゃない時なんて今までありました?」
先輩は見事にどれも完食し、しばらく死んだように動かなくなった。先輩は意外と優しいのだ。


「先輩、コンテスト、優勝しました!快挙!」
「……そうかよ」
「先輩のおかげです!なので、賞状はここに飾っときます!」
「いらねえ、持って帰れ」