お隣さんの名前はゴクデラハヤトというらしい。私の一つ上の学年で二年生だという。ソファに座る先輩の足元に、私は正座で座らされていた。完全に舎弟の距離感である。
「ゴクデラ先輩は、一人で暮らしているんですか!すごいですね!」
「別にすごかねえだろ」
「私は公共料金の支払いとか、自分でできる気がしないので!頭が悪いんです」
「そんな気するわ」
物覚えや容量が人よりよくないことに気付いたのはつい最近である。中学生になって、赤点や補習というものが頻繁に私の予定に割り込んでくるようになった。困ったものである。
「しかしゴクデラ先輩、あそこには泥棒でも入ったのですか」
「いや……あれは……」
先ほど少し覗いたキッチンは、荒れに荒れていた。まるで空き巣にでも荒らされたような状態のキッチンに私は目を丸くしてしまった。
「栄養不足による体力の低下は万病の元です!自炊をおすすめします!」
「うるせえ!あんなめんどっくせーこと毎日やってられっか!」
「先輩お料理苦手ですか!私は好きです!数少ない特技です!」
「そんなことは聞いてねえ、勝手に答えんな」
「すみません!」
料理は楽しい。失敗することもあるし、片付けが面倒な時もあるけれど、美味しいものができると嬉しいし、さらにそれを誰かに美味しいと言ってもらえたら、スーパーハッピーな気持ちになる。
「ゴクデラ先輩、今日の夕飯は何を食べるんですか」
「……コンビニのめし」
「そのコンビニのご飯代私にください!」
「たかってんのか?あ?」
そうではなく!
「実はちょうど、夏バテ対策としてサッパリ栄養満点メニューを考案していたところなのです。先輩の身体に足りない栄養素とカロリーを私がご用意します!」
どんと胸を張る。先輩は大丈夫なのだろうか、と怪訝そうな顔をしていた。しかし心配しないで頂きたい。私は、料理が得意なのだ。
「ええっと、『暑さで食欲が湧かねえ』とのことでしたので、喉ごしの良いうどんを用意してみました!」
「おい今の俺のモノマネか、殺すぞ」
「私、実はモノマネも得意です!」
「全然似てなかったぞ」
一度家に帰り、私は家族と自分の分、そして、ゴクデラ先輩の分の夕飯を用意した。仕事から帰ってきた母に経緯を話すと、頑張って作るように応援された。
「とろろとオクラのネバネバうどんです!」
どん、と持ってきた器を机の上に乗せる。とろろとオクラをたっぷり乗せた冷たいうどん。出汁にはアゴ出汁を使用している。サッパリ美味しいうどんである。
「タンパク源として鶏ハムも持ってきました!柔らかくて美味しいのです」
鶏胸肉を炊飯器で蒸して作る鶏ハムは簡単で常備菜としては優れものである。鶏胸肉は安価で栄養価も高いが、水分が抜けてパサパサになりがちである。片栗粉でコーティングして茹でる水晶鶏や鶏ハムは冷たくても美味しいので、夏にオススメだ。
先ほどの塩レモンウォーターの追加を注ぎ、夏バテスペシャルメニューを完成させる。レモンにはリモネンと呼ばれる栄養素が含まれており、食欲増進の効果がある。
「梅干しやネギ、ミョウガなど薬味も各種取り揃えてみました!どうぞ、お好きなように召し上がってください」
ゴクデラ先輩は特に美味しいとも何とも言わなかったがただ黙々と箸が進んでいたので、私は嬉しくなった。帰りに千円札を一枚渡されて、私はビックリした。
「何ビビってんだ」
「ご飯代を要求したのは、冗談のつもりでした!」
「分かりにくい冗談言うんじゃねえよ。いいから、持ってけ」
「こんなにもらっていいのでしょうか!大金です!」
先輩はいいからさっさと出て行けと私を追い出した。先輩にああ言ったのは本当に冗談のつもりで、場を和ませようとした私の努力だったのだけれど、もらえるならもらっておこう。
「また食ってやってもいい」
扉が閉まる寸前にそう言った先輩に、私はとても嬉しい気持ちになった。それなので、ええまた作ってあげてもいいですよ!と言っておいた。