「だっ、大丈夫ですか!」
私は母と父と三人暮らしである。並盛町のマンションに部屋を借りて、そこで慎ましく暮らしていた。ある日、家に帰ろうとすると、マンションのエレベーターの脇に人が倒れていた。これまでのあらすじである。
連日続く猛暑は並盛でも熱中症患者を出すほどだった。ミンミンと蝉が鳴いており、息を吸うだけで汗が噴き出す。倒れている人に駆け寄り、あわてて声をかける。現在も35度以上は気温がある。熱中症で人が倒れていてもおかしくない。大変だ!
「意識はありますか!私の声は聞こえていますか!」
「うるせえ……」
「意識はありますね!救急車を呼びます!」
携帯電話をカバンから取り出す。しかしその手は、ガッと急病人によって取り押さえられた。
「いらねえから呼ぶな。ちょっと気絶してただけだ……もう歩ける」
「えっ、ええ?でも顔色も悪いですし」
「平気だっつってんだろ、俺に構うな」
なんだかこの急病人、ガラ悪い。ふらふらと立ち上がった彼はエレベーターに乗り込んだ。私は救急車を呼んだ方がいいと思う。しかし彼の同意なく呼んでいいものなのだろうか。とりあえず、私も一緒に乗り込んだ。
「んで、着いてくんだよ」
「見守ります!」
「いらねえ帰れ」
「実は私は上の階に住んでいるのでこのエレベーターは帰路です!」
よく見たら倒れていたその人は並盛中学校の制服を着ていた。私と同じ学校だ。派手な銀髪に着崩された制服や言動を考えると、この人は不良ってやつだと確信する。うちの学校には怖い先輩や頭がおかしい先輩がたくさんいるとクラスメイトが言っていたのを聞いたことがあるため、きっとこの人は先輩だ。
「頭が痛くて体が熱い、筋肉痛がある、それに体が重い、あてはまりませんか」
「なんだお前、医者か」
「違いますけど、そういう症状なら熱中症の可能性が高いって書いてあります!ネットに!」
この気温だし、熱中症や脱水症状が一番可能性が高いと思う。体調の悪い不良は顔をしかめ、なるほど……とつぶやいた。どうやら、症状の自覚があるらしい。
チン、とエレベーターが4階に到着する。彼と一緒にエレベーターを出る。
「着いてこなくていい」
「私の家こっちなんです!」
「……」
「……」
うっとおしそうに見られても、本当に私の部屋はこっちの方であった。しばらく歩いていると、ピタリと彼が足を止めた。あれ、ここ?
「熱中症のお兄さん、おうちここなんですね!」
「さっきからうるせえなお前……」
「私のうち、隣です!」
とんだ偶然ですね、と言えばすっごくすっごく嫌そうな顔をしていた。すごく嫌がられてる。社交辞令なんてクソ食らえ、みたいな感じのお隣さんは鍵をポケットから取り出して、さっさと部屋の中に入ろうとした。扉を開けて中に入ると同時に、まためまいが来たのか、崩れるように倒れていった。ああ!熱中症のお兄さん!
「やっぱり救急車呼びます!」
私は彼の玄関にお邪魔してなんとか説得を試みたが、彼はかたくなに救急車を嫌がった。もしかして公的機関にお世話になりたくないわけでもあるのだろうか。しかし、起き上がる気力もなくなりつつあるお隣さんを放っておいたら死んでしまいそうな気がして、私は一旦自分の部屋に帰り、色々と持って来た。
「とりあえず冷やすします!冷えピタを首や足の付け根に……足の付け根!?ちょっと自分で貼ってください!」
ネットの情報を頼りに私は熱中症の応急処置を行なった。塩分を摂る、と書いてあったので、私はとりあえず冷蔵庫にあった塩辛そうなものを持って来た。
「塩辛食べれますか!」
「食ったら間違いなく吐く」
「なるほど」
塩辛はやっぱりダメらしい。そうだろうな、吐き気があるときに塩辛はダメだろうな。
「ではこちらはどうでしょう!はちみつ塩レモンウォーターです!」
じじゃーんと取り出したのは、自家製のはちみつレモンと岩塩を水で割ったはちみつ塩レモンウォーターである。
「汗とともに流れてしまった塩分を摂取できるほか、はちみつに含まれる糖分やレモンに含まれるクエン酸やビタミンCは疲労回復によいとされていまし」
「いいから寄越せや」
「はい!どうぞ!」
せっかちな先輩にコップに入れたそれを渡す。冷えピタをたくさん貼ったその人は、勢いよくそれを飲み干した。
「どうですか!栄養的に素晴らしいはちみつ塩レモンウォーター!なんと、それだけではなく、非常に美味しいのです!」
「悪くねえけど……お前がうるせえ」
「よく言われます!」