セピアの日々 18/20
「観なきゃよかった……」 みょうじなまえ、24歳。いまだにオバケが苦手です。 沢田君たちに付き合わされてホラー映画を観た。私は開始直後に逃げ出そうとしたが、山本君になだめられて逃げ道を断たれ、結局最後まで鑑賞する羽目になった。途中本気で怖がる私をみかねて、隣にいたクロームさんがそっと手を握ってくれた。好きになっちゃうかと思った。 背後を気にしつつ研究所に戻ってきた私は、ため息をつきながら自室の扉を開ける。お風呂入るの、嫌だなあ。 「遅いよ」 自室の暗闇からぬっと現れた人影。悲鳴をあげることも叶わぬまま、私は恐怖と混乱でひっくり返った。ゴンっと鈍い音を立てて頭を打つ。目の前にチカチカと星が舞った。びっ……くりした。 「何ひっくり返ってるの」 「何でいるんですかヒバリさん」 ひっくり返ったまま、震えた声でそう返す。人間、本気で驚いた時は声が出ないというのは本当らしい。心臓が止まったかと思った。 「小動物たちにエサをあげておいたよ」 「あ、ありがとうございます……」 むくりと起き上がる。頭の後ろに手をやると大きなたんこぶが出来上がりつつあった。ヒバリさんは、勝手知ったる顔でウサギにエサをあげていた。こんな感じで私の部屋の動植物にエサをやったり水をやったりしていたらしい。それならそれでいいんだけど、せめて電気はつけてほしい。なぜ暗闇で動植物にエサを? 「何でここにいるんですか?」 「僕の部屋は今散らかっててね」 「ああ、そういえば……」 ゲリラ訪問してきた六道さんと喧嘩してヒバリさんの部屋の周辺は半壊したのだった。巻き込まれたスタッフたちが数名入院したと草壁さんが言っていた。恐ろしいことこの上ない。 「でも、ちょうどよかったです」 上着を脱いで、クローゼットの中にしまう。足元をサササッとハムスターが駆け抜けていく。あ、ヒバリさん、またケージを開けた時に逃したな。 「一緒にいたかったので」 ヒバリさんと一緒にいれば幽霊も寄り付かないだろう。昔から、なぜかそんな気がしている。クローゼットの扉を閉めて振り返ると、いつのまにかソファでくつろぎ始めたヒバリさんと、脱走したハムスターがこっちを見ていた。……。 「……あっ、ホラー映画を観て、ですね。一人じゃ怖いので誰かと一緒にいたいなって、そういう話です」 まるで恋しがっていたかのような言い方になってしまった。あわてて言い訳をしながら、顔の前で手を振る。ハムスターがヒバリさんを登って、頭の上に乗る。自由を手にしたハムスターはどこか満足げである。 「まだそんなものが怖いの」 「はい……」 苦笑いをすると、鼻で笑われた。いくつになっても、怖いものは怖い。そうだ、ヒバリさんがいるうちにさっさとお風呂に入ってしまおう。寝間着を用意して、お風呂の準備をする。 「あの……」 「何」 「シャワーを浴びて来るので、もう少しここにいてくれますか」 ここに誰かいれば、少しは安心できる。寝間着を片手におずおずとそう言えば、ヒバリさんが呆れたようにため息をついた。 「子どもかい、君は」 大暴れして自分の部屋ぶっ壊す人に言われたくない。 「……子どもでいいので、帰らないでください」 「……」 「なんなら一緒に入ってくれても……」 「嫌だよ。君の部屋の風呂、狭いし」 ヒバリさんはソファに横になって私を追い払うような仕草をした。ここにいるから勝手に行って来いということらしい。10年知り合いをやっていて気付いたことであるが、彼は私の多少のお願いを案外聞いてくれる。友だちに話したら『嘘つくな』って顔を必ずされるけれど。
お風呂から出た後、逃げたハムスターを確保しようと走り回っていたら睡眠を邪魔されてキレたヒバリさんに平手をくらい、また星を見た。お願いは聞いてくれるが、容赦はないのだ。この人はいつも。
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