鯰尾藤四郎 哲学










夕飯が焼き肉だと嬉しい。布団を干した夜は嬉しい。タンスの角に小指をぶつけると痛い。憎しみを覚える。
僕たち刀剣男士が持つ感覚も、感情も、すべてが人間によく似ている。
「でも僕たちは人間じゃない」
「あなたたちは刀剣男士だもの」
「刀剣男士って何なんですかね」
刀であって刀でない。人間であって人間でない。僕たちはいったい何者なんだろう。
首をかしげていると、主はふんと鼻を鳴らした。得意気なその顔がかわいらしい。
「地球上のいきものは、みんな、生きて増えることを本能にプログラミングされてるよね」
「プログラミング?」
「人間の三大欲求は、食欲、睡眠欲、性欲です。これは人間のもっとも根底にある欲求で、生きて増えるためにあります」
「あ、それこの前刀剣ゼミでやった!」
主はうんうんと頷く。本丸には人間を理解するためや、日々の生活をどう送ればよいのか考えるための刀剣ゼミという制度がある。噂によると、これは主が勝手に作った制度で、他の本丸にはないらしい。
「では、ここで問題です。なぜ人間は生きて増えるのでしょう」
ピッと人差し指をたてた主は、そう問いかける。
顎を触りながら考えてみる。なぜ増えるのか。なぜ生きるのか。
「絶滅しないため……とか」
「おおいいね、絶滅しないように本能があるからね。ではなんで絶滅しちゃダメなのかな」
「ええ?」
「ふふふ」
なぜ絶滅してはいけないのか。個体はすぐに死んでしまうのに、後世に種を残そうとするのはなぜか。なんでか。どうして生まれて、どうして増えて、どうして死んでいくのか。
「そんなの分かんないですよー!」
ばたんと後ろに倒れる。うちの主は、難しいことを言う。人間はややこしい。まだ顕現して一年もたたない俺には、よく分からない。
「そういうことです」
「はあ?」
「人間も木も、イグアナも、実は何なのかよく分からないんだよ」
「イグアナさえも……」
「実は、みんな、よく分からないまま生きてるんです」
そうなんだ、と思わず感嘆の声を漏らしたけれど、結局何なのかはよく分からなかった。
「刀剣男士も、おなじ」
「でもでも!人間と姿はおなじで、中身が違うんですよ!それってなんか変じゃないですか?」
「イグアナと私は姿も中身も違う生き物だよ。それって変?」
「へ……ん?んんん?それは変じゃないですけど、でも」
「つまるところ、そういうものなのです」
なんだか煙に撒かれたみたいな気分だった。主の言うことは難しくて、俺にはよく分からない。だけど、とりあえず、俺も主もイグアナも、おなじようによく分からない存在だということが言いたいらしい。
「世の中なんて、分からないことだらけだからね。あのお花がピンクじゃなくて黄色い理由、鯰尾君分かる?」
「分かるわけないじゃですか」
「勉強すればきっといつか分かるようになるよ。すっごくすっごく勉強すれば」
「え〜〜」
「物事を知るということはそんなに簡単なことじゃないんです〜〜」
今分かることだって、誰かがすっごくすっごく勉強した結果、分かったことだったりするんだから、と笑う。
「すっごくすっごく勉強したら、俺たちも人間になれますかね?」
「さてどうかな」