ある日の昼下がり
「あの…正守さん、仕事…」
「いいじゃん、ちょっとだけ…」
羽鳥さんに怒られますよ?と戸惑いがちな恋人を後ろから抱きしめたまま顔を覗き込んだ。
「ね、キスしてよ」
「は?…っ、な、なにを…」
案の定みるみるうちに赤く染まった顔を隠すように自分の腕を抜け出して部屋を出て行く名無しをにやにや眺めながら、正守は少しだけ、さみしいようななんともいえない気持ちを感じていた。
名無しが奥手なのは知っているし彼女が自分のことを好いている自信はあるが、たまには彼女から求めてもらいたいというのも男の本音だ。
しかしねだってみても高確率で恥ずかしがられて逃げられる。
うーん、なんかちょっと女々しいかな、と苦笑した。
そんなことがあったりしながら仕事を終え、夜名無しが待つ自室へ入ると、お疲れさまです、とこちらを向いた彼女の様子がおかしかった。
目がとろんとし、若干焦点が定まっていないように見える。
「名無し、どうした?」
名無しのそばに身体を支えるように座ると正守の胸にこてん、ともたれてきた熱い小さな身体にドキっとした。
「…なんか今日、ちょっと飲み過ぎちゃって…」
それが夕食のあとのお酒の話だと気づくのにたっぷり5秒はかかってしまったのはいつもよりあからさまに甘えてくる彼女にあてられたのだと思う。
下からぼんやりと見上げてくる潤んだ瞳は容易に正守の理性を崩しにかかる。
「う、わ、ちょっ名無し?」
とん、と胸に置かれた手からそのまま体重をかけられて押し倒された。
酒のせいか、上気した頬に熱っぽい瞳で正守を見つめる名無しに捕らえられ、制止することも出来ず動けない。
名無し?と発した声は途中で彼女の唇に飲み込まれた。
たどたどしく絡められる舌に身体が熱くなるのを感じながら、正守は必死に自分と闘っていた。
普段深いキスなんか自分からはしてこない彼女の拙い舌使いは、それでも正守を求めているとわかって。
いつも受け身の彼女だからことさらに煽られる。
「あたしだって…自分からしたくないわけじゃ、ないんですから、ね…?」
触れるか触れないかの距離で小さく呟かれたその言葉を反芻しているうちに彼女の舌が正守の首をつぅっと撫でる。
「!」
その瞬間正守は名無しを押し倒していた。
いきなり立場が逆転し驚いた彼女が声を上げる間もなくキスをする。
「んっ、…ふ、ぅ……んむ〜!」
息が限界に達し訴えてくる彼女を一旦解放して、肩で荒い息をする名無しを見下ろした。
「名無しが、悪いんだからね…俺これでも頑張ったほうなんだから」
少し酔いが覚めたのかさっきよりはっきりした瞳で見返してくる彼女の返事は聞かずに首筋を彼女がやったように舌で舐める。
「っ…んぁ」
白い喉を反らせる彼女の服に手をいれて腰のラインを撫で上げると、いつもより温かく、感度もいい。
主張し始めている胸の頂を口に含んで弄んでいるときに違和感に気がついた。
普段恥ずかしいからと顔を覆っているかシーツを握りしめている名無しの手が正守の後頭部にそっと抱きしめるかのように回されているのだ。
「ね、名無し」
「っそこ、で、しゃべっちゃやだ…」
「名無し、俺のこと欲しい?」
「ん…ほ、しい……っひゃ!?」
お酒の効果なのだろうがこんな彼女はとにかくめずらしくて興奮が掻きたてられる。
自分で訊いた意地悪な質問で自分が煽られてしまった。
「あぁん…っあ、んん…」
らしくもなく早急に服を取り去って名無しのナカに指をいれるとそこはすでに濡れていて。
自分を求めてくれているという実感が湧いて緩む顔を抑えられない。
「ん…っあ、ぁあっ」
前触れも無しに挿れるとビクビクッとナカが痙攣して軽く達したらしい、が…
「ごめん、待てそうにもない」
「え?あっ…ひゃあっ、待っ…ぁあっ」
促さなくても背に回る腕が懸命に正守にすがってきた。
「いつもより、素直、だね」
耳元で低く甘く囁いてキュウとナカがしまるのに口角を上げる。
「だっ、て…あっ…っはぁ、正守さん、が…っん」
「俺が、なに?」
「っ…き、気持ち…いい、から…!っやぁ、そん、な」
「いや…名無しのせい、だろ…」
耳元であんな可愛いことを言われて興奮しない男なんていないだろ、と正守自身が大きくなったせいでかすかに苦しそうな顔をする名無しを抱きしめる。
「あっ、もっムリ…っはぁ…んっ」
「イッて、いいよ、名無し」
弓なりに反る彼女の身体を支えてやりながら正守も熱い締めつけの中に欲を吐き出した。
「っ、はぁっ…」
名無しの隣に寝転がって横を見るともう寝息をたてていてうわやりすぎたかな、と苦笑する。
「とりあえずお酒に感謝、なのかな…?」
眠る名無しの頬に口づけをして腕の中に閉じ込めて正守も大いに満足して、目を閉じた。
お酒の力
(助けられたのは、どっちだ)
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